啄木からの手紙
― 明治四十年七月 ―
 
 


195 七月八日函館より 宮崎大四郎宛

昨日の御礼申上候、
お蔭にて人間の住む家らしくなり候ふ此処、自分の家のやうでもあり他人の家のやうでもあり自分が他人の家へ来てるのか、他人の家へ白分が来てるのか、何が何やら今朝もまだ余程感覚が混雑して居り侯、ヘラがない、あゝさうだつた、といふので今朝は杓子にて飯を盛り候、必要で、足らぬものまだある様に候、否、数へても見ぬがあるらしく候、兎に角一本立になつて懐中の淋しきは心も淋しくなる所以に御座候、申上かね候へど、実は妻も可哀相だし、○少し当分御貸し下され度奉懇願候、少しにてよろしく御座候、早々
  八日朝
                青柳町十八、ラノ四号 石川啄木
 宮崎大四郎様

 


196 七月二十四日函館より 大島経男宛

啓。
昨日は失礼仕候。実は突然の御話しにて、貧小なる小生の頭脳余程混雑致し、如何様の事申上げしやら今になりて思浮ばず、唯、御交誼をえて以来未だ三閲月に満たざるに、早く既にお別れせねばならぬ事の、何ぼう口惜しく情なく、それのみ心の裡に刻みて、辞し候ひしが、途すがら不図例の鶴の如く首延したる安並に逢ひ侯ひしが縁にて、頭の中急にハツキリ致し、御話の事々明らかに思ひめぐらし申候。
あの時も然申上げしやう幽かに記憶致居候が、此度のお別れ、我等社中の者並びに学校の生徒達にとりては、誠に容易ならぬ損失とも可申、船の中央の檣(ほばしら)折れ候ふとやうに悲しく候へど、偖(さ)て老兄の御上に考へ候へば、これ実に世に第一の御幸福、さしあたり何と申上ぐべき言葉もなく候へど、御一生の最も大切なるを御捉へ被遊候御事と、かゝる風情の身の烏滸がましき言草ながら、心より御祝申上候。実の所白状致し候へば、必ずかくある時のなからでやはと、常々思ひ居候ひし処に御座候、予言者ぶりてなど申すには更々無御座候。今、深き大いなる人生が、目のあたり、赤裸々に、我が前に踊り出てたりと様にて、何かは知らず御二方の前に跼づきたき様の心地致候。
未だお名前知りまつらぬ君のためにも、心より御祝申上候。
さて又此度の御進退の一々、深く我らをして学ばしむる処と存候。高草の日高の国、蓋しくは御手をまちて初めて苅らるべき草の沢にあらむ。これを思へば、我等この塵巷に生を托すの徒、云ひ様もなく羨ましく存じ候。
昨夜白村白鯨二兄を会して様々物語りなど致し候。今日四時前後に打揃ひ御訪ね可致候間、後日の思出のため写真にても撮り置度、何卒御許し下され度候。
  七月二十四日               啄木拝
 大島先生 御侍史
二白。昨日お話下されし小生糊口の方の件、諸兄にも相談致候処、それなら是非との事に候。理屈はアトにして、何れ午後拝顔の折改めてお願致考へに御座候。何卒よろしく願上候。拝借の御本、永々誠に難有御礼申上候。

 

 
 
解説 その苜蓿社 宮崎郁雨 <1> (新谷保人)

宮崎大四郎(1885〜1962) 筆名郁雨(いくう)、啄木の親友。啄木の妻節子の妹ふき子と結婚して、啄木とは義兄弟の関係にある。明治三十八年三月北海道庁立函館商業学校を卒業、一年志願兵として野砲第七連隊にはいり、翌年除隊、家業の宮崎味噌製造所を手伝うかたわら、苜蓿(ぼくしゅく)社の同人となって雑誌『紅苜蓿(べにまごやし)』に短歌を発表した。明治四十年五月、苜蓿社の人びとに招かれて来道した啄木と交遊を持ち、以後親友として、永く物心両面にわたって援助した。啄木の没後、父のあとを受けて宮崎味噌製造所代表者となったが、昭和八年三月社団法人函館慈恵院常務理事となり、家業を廃し、昭和二十一年十月退職するまで社会事業に専心した。退職の翌月、関係深い市立函館図書館の嘱託となり、館長の事務を取り扱ったが、戦時中在郷軍人会函館市連合会分会長であったため公職追放令に該当し、二十二年十二月その職を辞した。著作に、啄木の思い出を綴った『函館の砂―啄木の歌と私と』(東峰書院昭35、洋々社昭54再刊)があり、歌人としての生涯を記念する『郁雨歌集』(東峰出版昭38)一巻がある。
(啄木全集 第8巻/岩城之徳解題より)

 宮崎郁雨については、啄木関連研究書のどれか一冊でも手にとればおわかりのように、金田一京助とともに必然的にその名前が随所に登場します。また、郁雨自身が著した啄木研究の第一級資料「函館の砂」もあることですし、もうこれ以上、なにか宮崎郁雨について付け加えることがあるとは思えないのが正直なところです。

 私たちに残されているのは、ただただ、

  秀才(すさい)みな早く世を捐(す)て凡庸のわれ生きのこるその苜蓿社

といった、郁雨の歌を噛みしめることくらいしかないように感じます。それにしても、郁雨のこの歌は、なにか万感の想いがこみ上げてくるような歌ですね。啄木没後、小奴と金田一京助が訪れた釧路新聞社を見上げている写真にも、見る度にぐっとくることがあるのですが、あれに似た切なさを感じます。

参考:郁雨の啄木関連歌