啄木を偲ぶ

                     宮崎郁雨


 

秀才(すさい)みな早く世を()て凡庸のわれ生きのこるその苜蓿社(ぼくしゅくしゃ)

函館に郁雨なほ生き住めること伝説めけば恋ひし啄木

この凡愚すらに劣りし世すぎして死にたるあはれ秀才(すさい)啄木

潮かをる立待岬の崖の(きは)玫瑰(はまなす)咲けり啄木の墓

君思へば心わりなし啄木が智恵子を恋ひしわりなさよりも

啄木と郁雨とむかし酒のみし間借(まがり)の家のあとのすしやかな

啄木と共に酒のみ供に寐し思ひ出古しこの家にして

啄木が曾て勤めし新聞社家のみありて秋風吹くも

さる夏にわが宿りしははからずもかの小奴の家なりしかな

仁子刀自郁雨翁など居る中に啄木若し常二十七

しかすがに追はれし町に歌碑の建つ明日(あす)(きた)るとは思はざりけらし

生きてあらば(かど)などとれてよきほどの老爺となりて居む啄木も

唯一のわれの遺業となるならむ啄木の墓を撫でてさびしむ

 

(「郁雨歌集《より)


※テキスト/回想の石川啄木 岩城之徳編(八木書店 昭和42年) 入力/新谷保人

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