第９４回 小樽啄木忌の集い 講演

　

「小樽のかたみ」のおもしろさ

第７回

　

新谷 保人

（スワン社／「おたる新報」編集長）

　

　

新聞に対する批評は概ね好評たり。

小樽新聞は我が三面を恐ると、さもあるべし。

（啄木 明治四十年丁未歳日誌／十月二十四日）

　

　

　

　

　

　３．「小樽のかたみ」のおもしろさ

　

　�F 「雪の夜」

　

　悪ノリとも思える艶書ゲームを、さすがに一時中断しなければならない理由が生じたのでした。それは、この明治４０年１２月上旬、北海道を襲った大暴風雪。

　啄木自身も記事を書いています。１２月４日には『一昨日の大時化』、８日の小樽日報には『空前の大時化』というように。さらに、災害報道は１０日の『潜水夫の溺死』『大時化被害詳報』と続き、１１日の『礼文丸遭難詳報』『遭難船舶情報一束』記事で、ようやく暴風雪も一段落したかに見えます。

　

　おそらく、日報社中が災害報道でバタバタしていたのでしょう。そして、災害報道が、ある意味、マスコミにとっての書き入れ時、臨時ボーナスであることには今も昔も変わりはありません。記事を書けば書くだけ、片っ端から飛ぶように売れて行きます。『天下一品怪美人の艶書』なんて、書いている場合ではないのです。

　普通の新聞記者なら、そう認識するでしょう。全社一丸となってこの大時化報道に邁進しよう！と…

　

　ところがです。啄木は、けして、そうじゃないんですね！　ここが大変ビックリするところです。

　

　この大時化の最中に啄木が書いていた記事は、災害報道だけではありません。その内実を見て行くと、１２月４日には詩『雪の夜』、そして『天下一品怪美人の艶書』の第六回を書いています。翌５日で、ようやく『天下一品怪美人の艶書』の最終回（第七回）。しかし、またもや８日には「やおい」型の三面記事『汽車中で夫婦約束』ですし、１０日には『藻しほ草（八）』も書いています。

　なにか一貫していないのですね。新聞記者としては。『天下一品怪美人の艶書』も、時節柄を考えて遠慮して連載を止めたというよりは、災害報道の勢いにスペースを占められて、しぶしぶ引き下がらざるをえなかったという風にも見えます。

　ですから、啄木自身は諦めてもいないし、自分が創造した『天下一品怪美人の艶書』ワールドにも絶対の自信を持っているんですよ。

　

　その証拠として、『小樽のかたみ抄』に『雪の夜』と『汽車中で夫婦約束』を載せました。

　

　『雪の夜』、ご覧ください。大時化報道が載っている十二月四日号に、

　

　音なくともる燈火の

　光ほのかに筆凍る

　師走なかばの夜はふけて

　戸外は雪のつもるらむ

　あゝかゝる夜を故郷の

　愛し少女は榾焚いて…

　

と、こういう詩を堂々と載せられる神経を持っている人が啄木なんだなぁ…と改めて感じ入ります。

　

　日報社内でも、かなり浮いていたんじゃないかなぁ…と思いますね。

　

　ここから一週間後には、あの小林寅吉による啄木殴打事件が起こるわけですが、あの暴力事件の理由、一般的には、札幌で新しく起こる新聞に鞍替えしようとした啄木の勤務態度に、寅吉が腹を立てたものとされていますね。

　私も、その理由でかまわないと考えているのですが、ただ、理由はそれひとつだけの直線的なものではなくて、こういう、大暴風雪の真っ最中でも平気で『雪の夜』を書くような啄木のブッ飛んだ社会性や、一般人にはわけのわからない自信や態度にも遠因があるのではないかと思います。

　

　１ページ分余りましたので、『藻しほ草（八）』を加えました。小樽啄木会の初代会長、高田紅果の投稿が載せられています。

　

（次回「４．新聞記者・啄木」は、１２月２３日発表予定）

　

配付資料

■「小樽のかたみ」抄　新谷保人編　（スワン社，2006）

■「小樽日報」「小樽新聞」明治４０年１０月２４日・三面コピー（縮小）

■「北海タイムス」明治４０年１１月１７日記事「怪美人の凄腕」

■荒木茂編著『小樽日報記者 石川啄木地図』（1990.4発行）

　

主な参考文献　（※すべて市立小樽図書館所蔵）

■マイクロフィルム「小樽新聞」明治４０年１０〜１２月

■北海道樺太の新聞雑誌　□刀（くぬぎ）真一　（北海道新聞社，1985）

■星霜　北海道史1868―1945　（北海道新聞社，2002）

■啄木・釧路の七十六日　宮の内一平　（旭川出版社，1975）

■朝日新聞社史 明治編　（朝日新聞社，1990）

■回想の石川啄木　岩城之徳編　（八木書店，1967）

■二葉亭四迷の明治四十一年　関川夏央　（文春文庫，2003）

■石川啄木の「小樽日報」記事ノート　荒木茂　（北海道自動車短大研究紀要・第１３号，1987）

■「小樽のかたみ」について（一）　荒木茂　（北海道自動車短大研究紀要・第１３号，1987）

■小樽日報記者石川啄木地図　荒木茂　（北海道自動車短期大学，1990）