十月の札幌 |
さいはての雪國に來て 私はもう三年孤獨の灯をともした 髪には少し白いものが交り 分別くさい額の皺も加えたのに 私は未だ 鵞鳥にまたがり 象に乗つた少年の日のゆめが消え去らぬ 今日も破れたズボンをひきずり 鴉飛ぶ火山に見ほれていると 東京からはるばると妻が逢いに來た 私は妻をつれて植物園を散歩した 妻は何かの草花の前に立止ると 「私は佛さまのようなお婆さんになりたいの」 そういつてはずかしそうに涙をふいた そしてその草花を取つて私の胸に挿してくれた 妻は間もなく又一人で東京に歸つて行つたが 驛で別れるとき妻が言つた 「あの草花の名を教えてあげましようか ……み、や、こ、わ、す、れ、ぐさ……」 そういうと笑つた顔がゆがんでべそをかいた 私を最も理解してくれるやさしい妻よ お前は今何をしているだろう 私は今吹雪の街をさまよいつつ この頃白鳥の渡つて來ているというもつと もつと北の涯へ行こうと考えているんだよ |
銀杏は もう 散ってしまった 皆んな 気づかずに行ってしまう ビルの窓いちめん モザイクの灯を没(い)れると おののく手をかさねあわせ たちならぶ裸木 警笛は 絶えまがない とりどりの 車の放列 寒くはないけれど 銀杏は もう 眠れない みどりの芽をよぷ笛は 杏く 空の底に あずけてある だれが あの笛を吹きならしにゆくのだろう 繊(ほそ)い爪をかざして 探ぐっている 探ぐっている銀杏のうえに ひと夜 初雪は あやうげな翅をたたむ |