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かなしきは小樽の町よ
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
 
 



七月の後志
 
 

 「俺が気に喰わんのはな、あっちに見える富士山そっくりの山のほうが、ここより遥かに高いことだ」
 それは鋭く尖ったアンヌプリの背後に見える蝦夷富士こと後方羊蹄山であった。
 「よし。こんどはあれに登るぞ。やはり山は富士にかぎる」
 富士山になど登ったことも、登る気もなかったくせに偉そうな口調の権介であった。
 相手が人であれば、いい加減にしろと貌をしかめるところであろうが、オイヌサマは嬉しそうに一声、鳴いた。犬のように連続して鳴かぬのがオイヌサマである。
 ときに明治二年六月十七日、西暦になおすと一八六九年七月二十五日であった。陽射しは強いが、さらっとした大気が心地よい。標高が高いせいもあって、立ちどまれば肌寒さを覚えるほどである。
 権介は知る由もないが、この日、版籍奉還がおこなわれた。
(花村萬月「私の庭 蝦夷地篇」)

 「疾風怒濤の開拓期を生きた、この破天荒な人生!著者渾身の大河歴史巨編、待望の第二部、千四百枚!」(帯より)
 さらに褒めれば、「千四百枚!」の原稿用紙のどこにもムダな一行がない。カスな一文字もない。恐るべき作品。凄い人がいたもんだ。

 オイヌサマの背に手をのばす。
 「よし。軽くしてやろう。おまえは荷馬じゃないもんな」
 括りつけていた鹿の炙肉(あぶりにく)を対岸の男に投げてやる。男は肉を幾重にも覆っていた粽笹(ちまきざさ)の葉を剥いて、その量に驚いたようだ。
 「ぜんぶ、いいのか」
 「ああ。次に出遭ったときは、俺とオイヌサマのほうが餓えているかもしれん。そのときは、よろしく頼む」
 権介が破顔すると、男が訊いてきた。
 「おまえはシサムか」
 「残念だな。俺はイサムとやらじゃねえ。権介だ」
 シサムを人の名と勘違いした権介である。男が重ねて尋ねてきた。
 「おまえは和人かと訊いている」
 「なんだ、わじんとは。俺は浮浪人。天下無敵の、けれど下界に降りられぬ浮浪人よ」
 カカカと笑って、オイヌサマを見やる権介であった。なんとも屈託がない。その瞳の柔らかさ、そして全身から放たれる愛敬に男は貌つきをあらためた。
 「浮浪人とは、その」
 「そう。その浮浪人。それ以上でも以下でもない」
 「だが、刀」
 「ああ、これか。貰い物だ。鉈をくれと言ったのに刀がきた」
 「侍ではないのか」
 「だから浮浪人だと言ってるだろうが」

 パセクル。和人を殺した逃亡アイヌ。ニセコ・アンヌプリの山に潜んでいたところを、箱館を出てきた権介と遭遇。ちなみに、オイヌサマとは白い雌の狼です。脚を一本失っている。
 箱館以来、誰ひとりの人間にも遭わずに旅をつづけてきた権介は、初めて見るアイヌの若者・パセクルに興味津々のようですが、なにか、パセクルの方も、この、白い狼を番犬のように従えて蝦夷の大地を「私の庭」のように歩いている和人に興味津々に見えますね。
 「私の庭」。「蝦夷地篇」〜「北海無頼篇」を通して、登場人物たちは権介を核に縦横無尽に蠢きあいますが、このパセクルだけがちがう。後にも先にも、権介とオイヌサマがこの地域を通過する時の一エピソードということになっています。物語の構成上、特異なピンポイント。それだけに、パセクルと権介の何気ない会話が美しい。惹きこまれます。

 「べつに行く当てもない。そのモイハサマを目指そうか」
 「だめだ」
 「なぜ」
 「モイハサマには鰊がくる」
 「鰊てえと魚だな。肥やしにするんだろう」
 「そうだ。モイハサマには鰊目当てに和人が群れている」
 「ケレップ・ツルセだけでなく、和人が群れてるのか」
 「そうだ。浮かれまくっているという」
 「鰊で浮かれてるのか」
 「そのとおりだ。網元はアイヌを荒海にだして漁をさせ、銭函を積みあげて、浮かれているそうだ。」(中略)
 「春告魚と呼ばれるくらいだからな。それくらい獲れるんだよ。なにしろ女の鰊が卵を産むのを追いかけて男の鰊が精をぶちまける。その精で海が一面、真っ白に染まるほどだというからな」
 「なんだか凄まじいな」
 「けれど笊網や建網で根こそぎやってしまうから、凶漁も増えているそうだ。和人はなんでも根こそぎだからな。いずれ鰊もいなくなるだろう」
 権介は肩をすくめた。パセクルの和人批判に耳を貸すと際限がない。だからさりげなく話を変える。
 「銭函を積みあげるほど儲かるのか、鰊は」
 「そうらしい。和人どもはモイハサマを銭函と呼んでいるそうだ。いまではモイハサマは銭函という地名になってしまったのだ」

 ちなみに、「ケレップ・ツルセ」というのは「トリカブト」のことです。今、権介たちはトリカブトの毒を矢に塗りながら、この「銭函」の話をしているわけです。事程左様に、この花村萬月「私の庭」は、蘊蓄がすごい。エロチックな描写にも物凄いものがありますが、江戸から明治への時代の転換期の蘊蓄がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。北海道史の重要エピソードは一つ残らず盛り込まれているのではないだろうか。
 「へえ、そうなの…」と感心したこと、ひとつやふたつではありません。まあ、それについては、これから事ある毎に「私の庭」を引用してゆくことになると思います。今はただ、二人の会話に耳を傾けましょう。後にも先にも、パセクルの声が聞こえるのは、ここだけなのだから。

 「なあ、パセクルよ。おまえは何故、逃げている」
 「逃げなければ、殺されるからだ」
 「俺は浅草で無茶をした。その結果、箱館でも敵討ちをされる始末だ」
 「私は、和人を殺した」
 権介は夜空の星のまばらな藍色のあたりに視線を据え、呟いた。
 「ま、そんなことだろうとは思っていたさ」
 「殺したのは一人二人ではないが、理由を喋ったほうがいいか」
 「いや。パセクルにはパセクルの、あるいはアイヌの理由がある。そうだろう」
 「そうだ。そのとおりだ」
 「腑に落ちねえのは、おまえが仲間のアイヌのところにもどらねえことだ」
 「そのことか。私がもどれば、そのアイヌたちに迷惑がかかる。私を匿えば、そのアイヌの集落(コタン)全体が」
 「そうか。そういうことか」
 「そうだ。そういうことだ」
 「だが、寂しくはないか」
 問いかけると、パセクルは柔らかく頬笑んだ。
 「寂しかった。けれど、いまは権介がいる」