六月の札幌 |
グランドホテル付近 笠井清 向ふに電車の安全地帯がある そばの東西に延びた一本道は 街はずれからはずれまでのアスフアルト 新築された警察署と市役所 道の突端の神社まで 別荘と高層の軒続き |
斜横にあるのは赤煉瓦だ 大きな鉄柱の門 池と芝生は美しかった 昼のひとゝきのいこひを 緑の芝生に戯わむれる人々よ |
雨降れば降れ 風吹かば吹け 白い花に吹く季節の風を 身にしみて知ってくれるだらうか 向ひ側の保険会社が建った時 詩を作る友が コンクリート煉りに汗を流した 同じ別な友も 苦熱を重ねたドン底で このホテルの工事にありつき はるか高い鉄梯を登ったことがあった 友よもう苦しみを語るすべもなきや |
ホテルは鉄塔に日の丸の旗を掲げ 日本文化の誇りをたたえ クリーム色の建築が 陽春に輝り返えるその石の下で 盲目の女乞食が座ってゐる ホテルの窓とベットと女乞食と 悲惨な風景である |
夜 ホテルだけが電気を灯してゐるやうだった アカシヤの並木が葉風を立て 磨かれた自動車が 幾台も停まると ホテルの影と屋並の影と その中を行く人の姿と そして影が重り合った 人はもう居ない 塔は高く、その影はあくまでも黒い 一台の自動車が グーンと冷めたい空気を破って走った |