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かなしきは小樽の町よ
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
 
 



十二月の札幌
 
 

 大震災が日本に起こった年の暮れ、壊れてよれよれになって返却されてきた東直巳「探偵はバーにいる」。即、修理。その出来映えが思った以上に良かったのに気をよくして、小樽へ戻る大晦日の鞄に、この一冊も入っていました。

 倶知安から小樽に戻るJR車内。去年とかなり様相が変わっていました。
 まず、スマホ。車内なのに何の抵抗もなく通話を楽しむおばさんを除けば、ほぼ全員がスマートフォンになっていた。ケータイ時代より一層指の動きがウザい。
 で、ウザいといえば、iPad。今年はいるだろう…と思っていたが、やっぱりいた。それも、私の横にいた。表紙をひらくこともできない奴が、一生代わり映えのしないタブレット見つめてこれからの人生生きてゆくのはなかなかに大変なことだななぁ…と思いましたです。書斎でやってる分にはなんか知的にも見えようが、人がいる車内では、モノリスの周りで動めくサル。
 あと、話には聞いていたが、外国人の激減。(ニセコのスキー場は大変らしい…) 例年なら、一車両に1〜2組の外国人カップルやら家族やらがいたもんですが、今年は本当に一人もいなかった。

「……わたし、あんたみたいな、人をバカにするタイプの人間、たくさん知ってるよ。見てなさい、今にきっと大怪我するから」
(東直巳「探偵はバーにいる」)

 その通りだ。でも、他に行き場がないから、俺は今夜もバーにいる。ケータイがまだ出現していない時代の札幌・ススキノ。人をバカにする性癖も依然治らない。

「で、行方不明の友人てのは?」
「道央女子短期大学の家政科二年です。諏訪麗子と言います」
原田はカウンターに指で字を書きながら言う。聞いたことのない女短だ。
「知らないなぁ、そんなスケタン」
「バカにしてるんですか?」

 大泉洋の映画はまだ観ていません。聞けば、映画はタイトルこそ「探偵はバーにいる」だが、使っているシナリオは、この「ススキノ探偵」シリーズの第2作「バーにかかってきた電話」の方だそうですね。なにか、また縁があったら、「バーにかかってきた電話」を読むこともあるでしょう。
 今年は、とにかく、疲れた。大晦日から元日にかけては、爆睡だった。「住民生活に光をそそぐ交付金」が、全額、図書資料費に降りそそいできたおかげで、仕事量が例年の倍以上にも増えた。(こういう図書館は多かったらしい…) イベントや発表の前夜にようやくレジュメ資料ができあがるような綱渡りの毎日。あまり健康によいとは思えなかった。(腰もやってしまったしな…) この探偵の「疲れた」感が、2011年の私の「疲れた」感に妙に重なる。

 ……わたし、あんたみたいな、人をバカにするタイプの人間、たくさん知ってるよ。

 爆睡して、元旦。一年の計は元旦にあり。少しは冷静になった。疲れているのは私だけじゃない。みんな、負荷がかかった2011年だったことにようやく気がつきはじめた。自分のことばかり思い煩う性癖が久しぶりに外面に現れていたことがとても恥ずかしい。(いい歳して…)

 今こそ思い出せ!と、強く思いましたですね。あの、オイル・ショックの新年を…
 「雇用差し控え」が起こって、札幌や北海道の町に全然職が見つからなかった。大家さんのところで面接試験の通知が止まっていて、とっくに面接日は過ぎていた。(とったばかりの司書資格を使える仕事だったんだけど…) ふて寝していた頭に、霞ヶ関ビルから放送していたFM東京から「図書館司書の募集」が流れてきた。(「おはよう!埼玉」とか、そんな時間調整番組だった…) 急いでハガキを書いて。(浦和とか大宮とか、どこにあるか全然知らないくせに…)

 たとえば「エコ」。たとえば「節電」。たとえば「フェミニズム」。オイル・ショック以後に登場した新しい概念は数多い。今、職がないとか、金がないとか、家がないとか、家族がいないとか… でも、あの時はわからなかったけれど、いつか、こういうことだったのか!とわかる日は必ず来る。真剣に生きてさえいれば。
 おそらくは、時代が大きく軋んで、犇めいているのだと思う。社会の大きな変換の、その余震が未だ続いているようなところにいるのだろう。だから、私たちは疲れている。たぶん。