十月の小樽 (三) |
どこまで話すか、迷ってから佐伯は言った。 「何か誤解があって、義弟さんは暴力団に御礼参りされそうなんです。ご家族にも手を出すかもしれない。それで警察は、米本さん家族を保護しようとしているんです」 「義弟がススキノで働いていたことに関係します?」 「ええ、少し」 「やっばりなあ。そういうことになるんじゃないかと、心配したときもあったんですよ。ほんとにそこにいるかどうかわからないけど、場所、言います。妹家族、助けてくれますね」 「もちろんです」 佐伯は新宮に目で合図した。おれが繰り返すことをメモしろと。百合が新宮に横からプリントアウト用紙を裏にして渡した。 「倶知安町八幡。尻別国道と尻別川のあいだで、ジャガイモとアスパラガスの畑が広がってる一帯です。尻別国道を羊蹄運輸のある交差点で南に折れて少しです」 (佐々木譲「密売人」) う、う。見知った場所が小説の中に出てくると、けっこう緊張するなぁ… 釧路の漁港に浮かんだ水死体。同日、函館セントラル病院で見つかった飛び降り死体。どちらも、自殺か他殺かは不明。その日の深夜、今度は小樽の奥沢水源地で炎上した車から生きたまま焼かれた男の死体が発見される。この、一見ばらばらな、なんの関連も見いだせないようなローカルニュースだが、大通署の佐伯警部補にはなにか直感するものがあった… 佐々木譲劇場のはじまり、はじまり。 テレビドラマ化されているみたいだけど、そちらは見たことない。小説で充分という気がする。私は佐々木譲小説の、地名の選び方のセンスや情景の精密な描き方を好んでいます。先ほどの「倶知安町八幡」だって、事件の流れに沿って行けば、本当にここしかないだろう!というピンポイントで設定されていることがよくわかる。半端じゃないです。どっかのトラベル・ミステリーなんかとは、ものがちがう。 「何か?」 「奥沢のコンビニ。桜町に行く前に、コンビニに寄って、消臭剤を買おうとしたんです。そのときに、ガソリンの臭いがして、不思議に思った。自分のクルマとか服に臭いが移ったかと」 ガソリンの臭い。ということは、そこに被疑者が立ち寄ったということはないか。 津久井は今朝見てきた現場周辺の様子を思い起こした。奥沢十字街のコンビニということは、浄水場の現場から真下に下がって二・五キロくらいか。市街地に近く、交通量も多い交差点だ。ただ、ひとひとり焼死させた人間たちが立ち寄る場所としては、現場から近すぎるようにも思う。時間で言えば、せいぜい五、六分の距離だろう。被疑者たちはとにかく現場から離れることを最優先させていたはず。防犯カメラの存在も想定していただろうし。 津久井は訊いた。 「十二時十分過ぎに、そこに客がいたんですね」 「いたと思う」 「駐車場には、クルマは?」 「いや、なかった。おれのクルマを入れたときは、空っぽだった」 「なのに、客がいたというのは」 「あ、ちょっと待ってください」 久保田は額に汗をかきはじめた。偽証しているというわけではないはずだ。協力の気持ちはあるが、ただ緊張のあまり、記憶がまだ完全には整理されていないのだ。なかばパニックになっているのだろう。 「駐車場にはクルマはなかった。そのすぐ先の歩道際に一台停まっていた。妙に思った。コンビニの駐車場に入れればいいことだから」 (同書より) いやー、いい! 調子に乗ってまるまる1ページ引用してしまった。(私も桜町の住民ですから…) このコンビニの前を今日も通ってきたよ。だからこそ、わかる。ものすごい土地勘。きっちり正確な時間経過。そういうものが、ぐんぐん小説を引き締める。残りの「北海道警察シリーズ」も読んでみよう♪ |