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かなしきは小樽の町よ
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
 
 



七月の余市
 
 

 昭和九年七月、北海道余市に大日本果汁株式会社が設立。

「お客さん、変った方ですのね。せっかく拵えたご馳走より、困った人が食べるようなものを喜んで口にされる……」
 宿の内儀が言った。
「そうですか。わたしは、別にそんなつもりじゃないんですがね」
「昨日も今日もほら、海鞘とか鮑をご所望なさって。あんなものわたしら、困った者でなけれぱ食べませんですよ」
「いやあ、美味いもんですよ。内地じゃ貧乏人でなくとも食べます。余市の人は海の幸山の幸に恵まれすぎて贅沢しとるんじゃないですかな」
(川又一英「ヒゲのウヰスキー誕生す」)

 竹鶴政孝。この年、三月一日付をもって寿屋を退社。念願の工場建設に向け、行動を開始していた。当初の予定地江別は、詳しく調べてみると何度か石狩川の氾濫に曝されていることがわかった。そこで、江別に代えて選んだのが余市。
 余市は土地代が安かった。オゾンをたっぷり含んだ空気、草炭層を通り抜けてきた清冽な水、適度な湿り気……。原料の大麦や燃料の石炭は道内各地から汽車で簡単に運搬でき、人ロ二万の町は労働力にも不自由しない。
 加えて、林檎の産地。ウイスキーが商品化するまで、ジュースを作って食いつなごうと考えていた竹鶴にとって、余市は願ってもない土地だった。

 ――ここに決めました。
 竹鶴は用地を踏みしめ、みずからに言いきかせるようにきっぱり断言した。宿で蒲団に身を横たえているいまも、脳裡には昼間目にした光景がまざまざと浮ぶ。(中略)
 ほーらあーえーえ、この網起せば、やーあえーい、ヤートコセ。
 目をつむると、ふたたび闇夜に網起しの唄がきこえてくる。
 ――鰊が群来(くき)ると、海が盛り上るようでしてね。やがて、海一面乳を流したように真っ白になりますの。わたしら群来汁といってますが、それはすさまじいものなんです。
 内儀の言葉が甦った。竹鶴は暗い波間に銀鱗を翻す鰊の群れにおもいをめぐらせた。
 鰊は英国留学時代から縁が深かった。朝食には鰊の燻製(キッパーズ)を欠かさなかったし、イネス工場長の許で実習を重ねたキャンベルタウンは鰊業の港町だった。十五年前の昔、英国に渡って初めてキッパーズを口にしたとき、自分がスコットランド娘と結婚し、余市という鰊の産地にウイスキー工場を興すことになろうなど、想像さえできなかったが……。

 竹鶴の物語は、おもしろい。本を手にとってしまうと、つい最後まで読んでしまう。そして、その後も決まっている。無性に工場ウイスキーが呑みたくなって、余市に駆けつける羽目になってしまう。ほんとに、進歩のない人生。でも、懲りず、毎度こんなことをやっている。リタの物語も、そう。なんでもかんでも、見つけると読んでしまう。変に古典的な、西欧への憧れみたいなものがまだ身体の中にあるのだろうか。