Welcome to SWAN 2001 Homepage


 
 
かなしきは小樽の町よ
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
 
 



五月の小樽 (二)
 
 

圭骸「あ、そっか(笑)、感動と衝撃で忘れるところだった。んー、これは<吾妻さん・僕・姉ちゃん>のミステリ−・トライアングルから話さないと…」
吾妻「(笑)」
――止めても無駄なんだよね、きっと。わかったから、短くね。
圭骸「あのですね、姉ちゃんの生涯最初の恋人が重症アズマニアだったんです。姉ちゃんは高校から東京に上京していて、僕はまだ小樽在住だったんですけど、僕の知らない吾妻作品のコピーとかをよく送ってくれていたのですよ」
――へーえ。それで中塚さんと彼がいつの間にかボーイズラブな関係になって、恋愛関係も破綻。香山さんが吾妻さんをじつはまだ恨んでるとか。
圭骸「惜しい。いや、違う! 僕はその彼と会う前から吾妻さんの大ファンだったんだけど、それで拍車がかかっていっちゃって、ついにはテープを送るようになった」
(吾妻ひでお,中塚圭骸「失踪入門」)

 単なる「失踪日記」の便乗本かと思ってヒマつぶしに読みはじめたのだけれど、中塚圭骸が香山リカの弟だとわかって、俄然おもしろくなりました。合いの手に入る雑誌編集者の声(←まだこんな奴、いるんだねー)がとっても五月蝿くて邪魔だけど、ま、いいか…

圭骸「うむ。吾妻さんの作品に北海道ってやっぱり影響してますよね?」
吾妻「どうなんだろうね。やっぱりマンガには表れてるかもしれないね。特に思い入れはないんだけど。どっかで出てきますかね」
圭骸「ないですか。裕次郎の遺骨は湘南の海に――みたいな、死んだら骨は浦幌(うらほろ)の興部(おこっべ)川に流して欲しいとかは?」
吾妻「(笑)そういうのはない」
圭骸「芸能界なら最近じゃあ、里田まい、タカ&トシ、大泉洋」
吾妻「うんうん」
――僕ら内地の人間にはあまりぴんとこないんだけど。イメージとしては雪が多くて寒い地域の人って、我慢強くて執念深いって感じがありますけど。
吾妻「北海道はちょっと違うんだよな」
圭骸「根性があるような無いような微妙な感じ」
吾妻「俺はないけどね」
――すこしさわやかめの空気感があるような気もしますね。
圭骸「そうなんですよ。北海道の人って、がっつく力がないような気がする。なんか一歩引いてしまう。そんでどこか自虐的」

 ないんだよねー、ほんとに。五木寛之「青春の門」みたいな感受性、どっから来るのか、全然わかんない。

――北海道出身の漫画家っていうと、まずは「リュウ」に関連するところだと、安彦先生、あさり先生、唐沢先生……。
吾妻「ほかにも大和和紀、いがらしゆみこ、星野之宣、『COM』の星・岡田史子……」
――さらに挙げていくと(敬称略&五〇音順)、相原コージ・荒川弘・いくえみ綾・板垣恵介・岩館真理子・佐々木倫子・柴田ヨクサル・島本和彦・すぎむらしんいち・空知英秋・高橋しん・寺沢武一・藤田和日郎・三原順・モンキー・パンチ・山岸涼子・山本直樹・ゆうきまさみ……。
圭骸「なんか凄いバラエティですね。王道から曲者まで」
――曲者と言えば、AV男優兼マンガ家の平口広美氏や『聖マッスル』『女犯坊』のふくしま政美氏がいて、さらに曲者度があがりますね。
吾妻「こうやって並べてみると分かるような、分からないような」

 北海道出身の漫画家が多いのは、北海道は娯楽が少ないから。男女ともに喫煙率が高かったり、パチンコ屋が多かったり、離婚率が異常に高かったりするのも、娯楽が少ないから。東京なら、今日はお芝居、今日はコンサート…とタバコなんか吸わなくたって平気で生きていられるけれど、なかなかねー、北海道の「静かな大地」の中で生きていると、ゆったり流れる時間がたいへんなのよ。
 漫画家だけじゃなくて、小説家も多い。こういうのも、「ない」娯楽はとりあえず自分たちで「つくる」、コピーしちゃおうという風土が影響しているのではないでしょうか。
 ま、今日はお芝居、今日はコンサート…の生活が有意義かどうかは別問題だけど。(震災後の今は特にね) あんまり観客の立場に安住しちゃうと、自分で「つくる」意欲、創造力ってもんが衰弱しちゃうからね。合いの手に入ってくる編集者みたいな小賢しい人生、俺は厭だな。
 
 

 
 



五月の小樽 (三)
 
 

圭骸「師匠、鳥居みゆきって好きですか」
吾妻「? まあ好きだね」
圭骸「あの人、人気上昇中の時期に結婚してるって言っちゃったでしょう」
――言いましたね。
圭骸「そしたら、すぐさまネットが荒れたんですよ。吾妻さんは鳥居みゆきのネタは芸であって、本物の危ない人だとは思ってないですよね?」
吾妻「そうじゃなきゃTVにでられないだろう。でも何度かは本当に危ない精神状態になったことのある娘じゃないかなって思ってる」
圭骸「それが一般的ですよね。でもね本物のヲタっていうのは、彼女に自分を重ねちゃってたわけですよ。だから、結婚してたと聞いて、ああ結局あの人はまともな人だったんだ、裏切られた、と」
吾妻「そういうやつはいるかもなあ」
(吾妻ひでお,中塚圭骸「失踪入門」)

 あんまりおもしろいので、もう一曲。

圭骸「そこでね……姉ちゃんですよ」
吾妻「なにが『そこで』なのか、文脈が分からんのだけど(笑)」
圭骸「受胎が叶って、安定期に入ったころに、子どもできたぞーって姉ちゃんに電話報告したんですよ。そうしたら、どうなったと思います?」
吾妻「そりゃまあ、ビックリされたんじゃないのか? 俺たちですら驚いたんだから、身内の驚愕やいかぱかりか……」
圭骸「ブチっと切られたんですよ」

 わっはっは。

吾妻「何で? 香山さんって、君の結婚自体にも反対してたのか」
圭骸「結婚は姉ちゃん、すごく喜んでくれたんですよ。自殺を止めてくれる人ができたって。でも子どものことまでは考えてなかったのかもしれない」
――まさかそんなことが起きるとは、ってこと?
圭骸「姉ちゃんはじつは順調にいってる自分ってどこか好きじゃなくて、僕をもうひとつの人格と捉えて、破滅願望の安全弁にしていたみたいなの」
吾妻「ふんふん」
――社会的成功とか経済的安定はこっちでなんとかするから、おまえはアバンギャルドに生きろ、と。
圭骸「そうそう、そういう役割分担だったわけですよ。中塚互助会ってのは。そうすることで姉ちゃんは破滅願望を飼いならせる、と」
吾妻「お姉さんにとってのハルシオンが、君の壊れかけの人生だったんだ」

 いやー、北海道。

 今でも、北海道のいたるところにこういう姉弟(きょうだい)が生きていることを信じて疑いません。田舎は田舎で、こうやって孤独を紛らわす。

 数日後、お姉ちゃんの手紙が…

吾妻様
弟に子どもが誕生したので、私は、「真人間になった弟に私は不要」と弟の人生からは身を退くことにしました。しかし、その後、「弟はやはり真人間になってない」と確証するに至り、また弟との関係も復活したのです。おそらくそのあいだ、吾妻さんは弟に“脱・真人間道”を説いてくださっていたのでしょう。心から感謝いたします。
                            香山リカ
(吾妻ひでお,中塚圭骸「失踪入門」/帯)