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かなしきは小樽の町よ
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
 
 



八月の小樽
 
 

 その翌朝の二十一日の午前九時ごろである。平沢貞通はそのとき絵の制作の用意をしていたが、階下(した)から弟の妻が上がってきて告げた。
「いま福留さんが東京から見えました」
 そのあとから福留刑事が入ってきた。平沢は手を休めて、刑事とお互に挨拶したが、福留刑事は頭をかきながら言った。
「小樽署のやつら、ほんとうに仕方のないやつらで、ほかに二人も松井博士の名刺をもった人が見つかりましてね、それでまた出てきたわけですよ。その節はまたほんとうに失礼しました」
(中略)
「先生、中野のお宅でも皆さんお元気ですよ。そうそう、(小樽市署の)古志田さんに奥さんからご伝言があって、先生にお会いしたら、お伝えすると言っていましたよ。どうです、わたしもこれから行きますが、一緒においでになりませんか」
 刑事は誘った。
「ああそうですね。ご挨拶がてらお伺いしましょう。用がありますから、早いほうがいいです。すぐにお伺いしましょう」
 平沢貞通は、刑事と一緒に起ち上がった。
(松本清張「小説帝銀事件」)

 小樽市署の車寄せには古志田警部補が立って待っていた。「やあ、先生しぱらくでした。その節は失礼いたしました。きょうはまたご苦労様です。さあさあ、どうぞこちらへ」。古志田警部補は、長テープルの前の小椅子を掌の先で指した。平沢が腰を下ろしていると、ドアが開き、二人の私服が入ってきた。私服は古志田の前に直立した。すると古志田は二人を睨みつけて荒い声を出した。「君たちはいったいどういう心でいるのだ。ここにおられるのは有名な平沢大ワ画伯だ。先生は松井博士と名刺の交換をされたばかりに、とても今度の事件に関心をお持ち下さって、犯人逮捕にご尽力下さっているのだ。それなのに、お前たちはなんというざまだ。申訳ないとは思わないか。申訳ないと思ったら、先生のおそばに行って、よくお詫びをしろ」。

 言下に二人の刑事は平沢の左右に来て立った。それから謝るように平沢におじぎをした。一礼すると見えたのだが、四本の手は平沢の二本の手を、いきなり掴んだ。同時に手錠がかかった。
 平沢は真蒼になって、眼をむいている。古志田警部補はその前に進んで、ポケットから逮捕状を出した。
「平沢さん。あんたを帝銀事件容疑者として逮捕します」
 ひろげた逮捕状を彼の眼の先に突きつけた。
「古志田さん、卑怯ですね」
 これは平沢貞通が顔を歪めて、やっと吐いた言葉であった。
(同書より)

 いわゆる「帝銀事件」。小樽にいた平沢貞通、逮捕の瞬間。

 福留刑事らは平沢を連行して、その夜の九時四十四分小樽発の急行に乗る。このころになると各新聞社の小樽支局でも気づき、それぞれ本社に緊急連絡をしている。

 この逮捕から連行までを平沢貞通は、「ありのまま記」としてこのように書いている。
「――二人の刑事は自分の左右に来て一礼すると見せて四本の手は自分の二本の手を『御用だ』といって後にねじ上げ、古志田は態度を一変して『やい平沢、よくも俺達を苦しめやがったなア、紳士づらしていやがったって何もかもネタは上って了っているんだ。立派に逮捕状まで持って来てるんだ。年貢の納め時だぞ。なんだ変装用の眼鏡なんかしやがって』と言いつつ、手錠をかけて二人が一枚一枚はいでいく。上衣、ワイシャツ、シャツ、腹巻、サルマタまで全裸体にして了って一点一点縫目から靴の敷革まで剥がしての検査だ。そして調べおわったワイシャツと洋服だけを着せ、靴だけはかせて五人の刑事は心地よげに自分を見下している。
(同書より)

 「帝銀事件」については、以前「三月の小樽」でも書いたので、ここでは繰り返しません。ただ、当時の警察がどんなもので、当時の世相がどんなものであったかをどこかに記しておきたかったので、再度、松本清張の「小説帝銀事件」を引用させていただきました。なんとしても犯人(ほし)をあげなければならないという職業意識が、「名刺」などというスケールの小さい思いこみに陥ったおかげで、グロテスクな事件と同じくらいグロテスクな犯人を生み出してしまった。

逃げるように重囲を脱して連絡船にのり込んだが、青森近いという頃、古志田さんは自分のすぐ傍に腰を下ろして、『平沢、おれも随分骨を折ったよ。おれは電話までついた家を三十五万円で売って、その金を費用にしてお前の逮捕に来たんだぞ。お前の家が困るようなことは絶対ないよう、今後のことはおれが面倒を見てやるから安心してすべてのことをありのままに白状して了いなさい』とやさしい猫撫で声を出した。
(同書より)