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かなしきは小樽の町よ
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
 
 



八月の樺太
 
 

  心は安く、気はかろし、
  揺れ揺れ、帆綱よ、空高く……

 おそらく心からの微笑が私の満面を揺り耀かしていたことと思う。私は私の背後に太いロップや金具の緩く緩くきしめく音を絶えず感じながら、その船首に近い右舷の欄干にゆったりと両の腕(かいな)をもたせかけている。
 見ろ、組み合せた二つのスリッパまでが踊っている。金文字入りの黒い革緒(かわお)のスリッパが。

  心は安く、気はかろし、
  揺れ揺れ、帆綱よ、空高く……
(北原白秋「フレップ・トリップ」)

 北原白秋って、フランク・ザッパのコンサートみたい。

 扉裏に「フレップの実は赤く、トリップの実は黒い。いずれも樺太のツンドラ地帯に生ずる小灌木の名である…」と記して、さあ、「揺れ揺れ帆綱(ほづな)よ」の第一曲目がスタート。
 途中、安別(アモベツ)の小学生へ童謡のプレゼント。真岡(まおか)の製紙工場の描写。本斗(ほんと)の宿での追分談議。自動車での樺太横断…と、数々の名曲が続きます。
 形式も、学術調査書風、観光案内風、戯れ歌風、写真、東京の坊やへの手紙、映画シナリオ…と、ありとあらゆる大正十四年現在の表現技を駆使しまくり、ラストの大曲「ハーレムの王」になだれ込んで行きます。いやー、ここまで隙のない構成とタフさを見せつけられると言葉もない。
 船での小樽(最後の日本)停泊をステップに、安別から樺太が始まり、最終を海豹島で締めくくるという行路でさえ、白秋はきちんと意図して展開していると感じます。アドリブ連続で、好き勝手に演奏しているように見えながら、じつは、全曲・全台詞にスコア(楽譜)が存在し、一回でもステージでミス・トーンを出したら即日クビというザッパのコンサートに、それはよく似ているのです。

 なんで突然「樺太」が始まるんだ…と不思議に思われる方もいらっしゃるでしょうが、「樺太」は、「札幌」や「余市」と同じく、松浦武四郎の昔から小樽の隣り町ではあったのです。今まで力が無くて書くことは少なかったのですが、やはり勉強し直さなくくてはいけないかなと考えさせてくれた白秋の「フレップ・トリップ」ではありました。