七月の札幌 |
由利は退屈していた。それで組み合わせた自分の脚に見とれていた。それだけは飽きが来なかった。冷房のきいたホテルのロビーだった。そばではリトンが生真面目な顔で“タイム”を読んでいた。彼は英語があまりうまくなかったので、機会あるごとに英語を使い、英語の新聞を手にとった。二人は一ヶ月ばかりの北海道旅行を終えて、その朝札幌の丘珠空港に着き、出発点の“北洋ホテル”に戻ったのだ。昼食は小樽へ行く国道の途中にある料亭で海を見ながら摂った。満腹してホテルに帰ったところなのだ。リトンは雑誌をテーブルに置いて、コーヒー・カップを手にとった。案の定、英語で、 「小樽の近くに温泉があるそうだよ」 「もう北海道はたくさんよ、ピエール。東京へ帰りましょう」 由利は大げさに顔をしかめた。 (高城高「父と子」) 高城高「志賀由利」シリーズの第三作にあたる「父と子」。またもや舞台は札幌です。「父と子」の「父」とは、作家のアーネスト・ヘミングウェイ。フランスのリヨン駅で盗まれた、原稿が入ったヘミングウェイのスーツケース。その原稿の行方をめぐる画策が札幌の街を舞台にくり広げられます。由利はピエール・リトンの愛人として登場。物語最後で判明する登場人物の意外な正体には少し驚きがありました。高城高が、いかに現代小説のテクニシャンであるかがわかります。 高城高の小説で、直接に小樽を舞台とした作品はありません。けれど、上の引用のように、作品のところどころに顔を見せる「小樽」がたいへん興味深い。たとえば、 工藤はグラスを唇にあてた。眉間にしわが寄っている。座興にしては真面目すぎた。 「私の仕事は、共産党の地方委員会への潜入でした。私は党員になって組織に入りこみ、情報を、CICに流していました。北海道にはCICのほかに、CIAの正式メンバー四人が派遣されていましたが、二十四年の三月だったと思います。そのうちの一人、小山秀雄という二世の中尉に呼ばれて、北大南門の近くの家に行きました。そこにはまだ届合わせた人間がいるんですが、伏せときましょう。そこで持ちかけられた相談というのが、札幌と小樽の間にある朝里トンネルの爆破計画でした」 そんな計画があったことは、三輪も知っていた。 「つまりは、革新陣営の中核になってる国鉄労組への対策ですね。共産党の暴力革命に結びつけた謀略工作で、国鉄内部をひっかきまわし、世論を喚起しようというわけです。北海道では、中心部の朝里トンネルが狙われたわけです。爆破と同時にわれわれが偽の共産党のアジビラを撒く予定でした。これは計画倒れになりました。CICとCIAの協力体制が不備だったからです。その直後、私は緊急の仕事で沖縄にやられました。その年の八月、沖縄で、私は福島事件が起きたことを聞いたのです」 (高城高「風への墓碑銘」) こういう「小樽」の出し方、巧いなぁ… 小樽、小樽を連発すれば、なにか「小樽」についてものを言ったような気になっている三流たちは、高城先生のこういう技をよく見習うように。 |