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かなしきは小樽の町よ
歌ふことなき人人の
声の荒さよ
 
 



二月の札幌
 
 

「札新のものといったね。身分証明書はあるのか」
 岡田はオーバーのボタンを外し、襟のバッジを相手に見せるようにしながら、パス入れを出した。旗課長は輿味もなさそうにそれを眺めていた。岡田は連れの女に目を移した。女は指でふれればヌメリと滑りそうな顎を見せて立っていた。彼女は岡田と視線が合うと手袋をはめた手でちょっとサングラスを直し、唇の端を吊り上げるような独特の皮肉な微笑を見せた。その微笑に岡田はドキンと胸をつかれた。旗課長はパス入れと自分のスーツケースを岡田に渡した。
「これは秘書の志賀君だ」
「よろしく……」
と岡田は頭を下げ、彼女のスーツケースを取った。女は指先で岡田の指を軽く叩くようにした。岡田は、初めて傷痕のある頬を歪めて笑った。
(高城高「凍った太陽」)

 仙台の大学で起きた死亡事故以来、偶然にも札幌で再会した岡田健一と忘賀由利。流れ流れて札幌の映画興行業界に転がり込んだ岡田の頬には、いつしか深い傷痕がついていた。片や、かつて岡田が愛した女、忘賀由利は東京本社宣伝課長の情婦。
 学生時代のフェンシング親善試合で起きた事件(由利シリーズ第一作「賭ける」)の影響から逃れられない二人の虚無的な生き方も複雑に絡み合いながら、札幌で起こったある映画スターの恐喝事件が解明されてゆく。やがて事件は意外な結末へ…というのが、高城高の由利シリーズ第二作「凍った太陽」です。

 2007年、四十五年の沈黙を破って私たちの目の前に再浮上してきた作家、高城高(こうじょう・こう)。伝説の作品「X橋付近」にも驚かされたが、さらに私たちを興奮させたのは、2007年の復帰作品が、この由利シリーズ第四作にあたる「異郷にて遠き日々」だったこと。志賀由利が生きていた…これには心底驚いた。こんなにもチャラチャラした私たちの現代。けれど市井の片隅には、まだこんなにも力を持った魔物が潜んでいたことに感動しています。