私の青空
 
 
新谷保人
《SWAN 2003年5月号》
 
 新生「おたるの図書館」ホームページのスタートから一ヶ月。会社としての「スワン社」の業務内容はまだまだこれから…もう少し時間をかけて着実なものへ考えて行くつもりですが、はっきりしていることがひとつ。それは、「おたるの図書館」が持っているデータ、その性能、その社会的機能の全てを余すところなく活用したものになるであろうということです。
 方向としては、まず、3月準備号でも考察した、片山喜八郎,太田映子両氏の著作『邦語文献を対象とする参考調査便覧』が構築した世界を、さらに図書館的に柔軟・強靱なシステムにして行くお手伝いがしたいということ。そして、ふたつ目の方向が、今回考える「青空文庫」的な方向なのです。
 以上の二点が、「図書館」が持っている最大の美徳「無償」「奉仕」の原則の下に行われるのであれば、スワン社としては本望。独立した意味があったと認識しています。
 その実現の過程で、スワン社は、出版や図書館リフォーム・蔵書データ作りなどのアルバイトをいろいろとやりますが、基本的には、それらの生活費アルバイトは、「おたるの図書館」に結実しつつある今までの図書館ネットワークの実践を最終的に集大成する上での、そこに注ぎ込まれるガソリンなのだとお考えください。データ作りの会社、それ自体が目的なのではありません。
 私たちは燃料を確保するためにきちんと努力しますが、燃料と目的地をとりちがえるようなことはしません。方法と目的を混同することなく、最終的な地点をめざして歩んで行きたい。
 
 
 
 
1.青空文庫
 
 ホームページ「青空文庫」の概要です。
 

青空文庫のしくみ

「本を電子化して、誰でも読めるようにしておくと面白い」
そう考える者、数人が集まって、青空文庫は生まれました。
「こんなことができないか?」と相談をはじめたのは、1997年の
2月です。ほんの数タイトルを並べ、〈開館〉にこぎ着けたのは、
この年の8月でした。その後、新しい仲間が加わり、作業を
分担してくれる人たちが次々と現れて、活動は広がっていました。
 
 
 インターネットの登場によって、起こるべくして起こったきわめて真っ当な願い。電車賃をかけて図書館まで行かなくとも、閉館時間を気にしなくとも、自分の机の上で好きなだけいつまでも<本>を読んでいたい…
 そういう人々の欲求を最もシンプル、かつストレートな形で実現した「図書館」として、「青空文庫」以上の存在はないでしょう。
 

  「作業中の作品」と名付けたリストを見て下さい。
  協力を申し出たたくさんの人によって、新しい作品を公開する
 ための準備が進められています。

  インターネットで電子図書館を開こう。自分の作品を発表しよう。
 そう考えたのは、私たちだけではありません。
  先に始めた人、別に歩みだした人の中からも、手許の作品を
 青空文庫にリンクさせたいという申し出が寄せられています。

  共感する人の「力を合わせよう」という思いが、青空文庫を
 支え、前進させています。
 
 
 スワン社の年表をひもとくと、この青空文庫が始まった「1997年(〜1998年)」というのは、いろいろな意味で図書館の世界の変わり目であったように思えます。
 小樽短大図書館の『図書館だより』が、それまでの単なる学内向け印刷物であることを止めて、インターネットの「ホームページ」掲載をゴールとする媒体に変身し始めたのが「1997年」。ちなみに、小樽市民への短大図書館地域開放は翌年の「1998年」から始まります。
 小樽に住みながら、埼玉県の高校図書館ネットワークの合同蔵書データベース作りに協力していたわけですが、その30万件を越える蔵書データベースが一応の完成を見たのが「1997年」。
 その後、そのデータベースの運用をめぐって、スワン社側が提示した「インターネット案」(現在の「おたるの図書館」の萌芽みたいなアイデアです)と、実際のネットワーク現場の思惑との調整がつかず、埼玉県の高校図書館ネットワークとは離れてしまいます。データベースはネットワークへ返却。スワン社に「おたるの図書館」というアイデアひとつ残ったのが、この「1998年」でした。
 長い目で見れば、おそらくこの時期に至って、マイクロソフト社の「Windows95」発売以来の世の中への影響がもう誰の目にも無視できない状態になってきていたのだと思います。
 
 ですから、私も1998年当時で、すでに「青空文庫」ホームページを見ています。ただ、これといって、驚いたとか感心したといった記憶はありません。こういう<図書館>を始めた人たちがいる…ということには同業者として注目しましたが、やはり感想は「図書館の書架に並んでいる本を一冊一冊その中味まで開示して行くなんてべらぼうな努力と時間がかかるだろうなぁ…ご苦労さんだなぁ」といったものでした。
 
 こういうのを「現場の驕り」とでも言えばいいのでしょうか。1998年当時、埼玉県のネットワーク図書館現場とスワン社の間にあった見解の相違の構図が、今度は、スワン社が「現場の図書館」側になった形で、「青空文庫」が持っていた最も原初的な<図書館>魂を軽視することにつながってしまいました。
 
 気がついたのは最近のことです。私自身が図書館の現場を失い、本当に「おたるの図書館」というバーチャル図書館、身ひとつの裸の一利用者に戻ることによって、初めて気がついた。人々の、最後に残る<図書館>とは何か?ということに。<本>と<利用者>がそこにあれば、そこは<図書館>なのだということに。
 何のために私は蔵書データを作っていたのか? それは、<利用者>ができる限り速く簡単に探している<本>にたどり着けるため。では、それが<図書館>なのならば、そして<利用者>が<本>の書誌データまでたどり着いたのならば、どうしてその先、<本>の中味にまで突き進んで悪いわけがあるだろう。いや、そこまで踏み込んでこそ、これだけコンピュータの世界が進化した現代にふさわしい<図書館>なのではないか。最近は、そんな風に考えが変わりました。
 
 建物とか人員とかの、現世の制約に縛られない、新しいタイプの<図書館>の登場だと思います。
 そして、この場合、「青空文庫」だけを注目してはいけない、考察してはいけないとも思う。ここは、他のインターネットのサイトが星の数ほどある中での「青空文庫」…という視点がなければ、本当の「青空文庫」の意味がわからない。
 つまり、インターネットの世界全部がひとつの巨大な<図書館>なのであって、「青空文庫」というのは、その中でも最も<図書館>的な領域を占めている<書架>と理解した方がよいのではないか。
 だから、これに関して、亜流のようなもの、物真似サイト…というものは考えにくい。同じことがやりたいのならば、あれこれ半端なオリジナリティを模索するよりは、すっきりと「青空工作員」を志願して、自分の好きな未登録作品をどんどんテキスト化して行った方が正解だと思う。(私も近々申込むつもりです。せっかく自由な時間が増えたのだから、こういうところで社会に奉仕したい。)
 強いて言えば、<書架>の彩りとして、「青空文庫」よりはもう少しコレクションのテーマを絞って個性化する…といった方向が考えられるかもしれない。例えば、日本ペンクラブの主宰している
 
■電子文芸館 http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/
 
のような。あるいは、次の2サイト
 
■日本文学 http://www.ne.jp/asahi/nihongo/okajima/bungaku.htm
■私立PDD図書館 http://www.cnet-ta.ne.jp/p/pddlib/
 
のようなものを。また、「青空文庫」とは幾分方向性はちがうが、次のような「仮想書店」サイトは、従来の「図書館」と「青空文庫」的なものをつなげる際には、かなり示唆の多い重要なポジションにあるものと言えるのではないでしょうか。
 
■復刊ドットコム http://www.fukkan.com/
■ポシブル堂書店 http://www.ash.ne.jp/%7Ehaho3606/
 
 
 
 
2.おたるの青空
 
 試みに、「青空文庫」から一作品を取り出してみます。
 
 
 トップページの索引から「作家別」の「あ行」を選択。
 そこから「石川啄木」を選択。すると、この2003年5月現在で「青空文庫」に収録されている17作品のリストが出てきます。
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person153.html#sakuhin_list_1
 
 増えたもんだなぁ…というのが正直な感想。1998年の時には、たぶん2〜3作品がチョロっと並んでいるような「貧弱な図書館」という印象でした。人々の無償のエネルギーって恐ろしいものですね。こんなにパワーアップしているとは思いませんでした。
 
 せっかく「石川啄木」の書架の前まで来たのですから、何か作品をひとつくらい…
 私の好みで『初めて見たる小樽』をダウンロードしてみます。で、そのデータに「今日の小樽」の写真を「啄木カレンダー」風に貼り付けて自分だけの小冊子を『Northern songs』今月号に作ってみました。
 
 前の章でも書きましたが、私は、「青空文庫」の類似品は金輪際必要ないと思っています。このアイデアは、はっきり言って「国立国会図書館」クラスの21世紀的なアイデアです。民間の熱意に甘えることなく、きっちりと国会図書館あたりが音頭をとって、青空データを収納する「国立バーチャル分館(=巨大サーバ機)」を用意するくらいの器量がほしいところです。
 ついでに、現在、大量に発生している失業者・高齢者を「青空工作員(=公務員)」に雇って、失業対策・高齢者問題を一気に国家事業で解決するくらいの頭の良い政治があれば、本当に言うことないのだが。
 
 あまり、便乗型の仮想書店みたいなものばかりが増えてもなぁ…(もう充分だよ)と正直思ってます。だから、そんなに強く「おたるの青空」を主張する元気はありません。
 ただ、私は、小樽の場合はそういう試みをやってみるだけの「下地」はすでにあるんですよ…ということをどこかに書いておきたかったのです。
 
 まず、素材。これはもう「小樽」ですから…明治の石川啄木から現在の京極夏彦まで選りどり見どり。文学者という枠を取り払えば、さらに素材はとてつもなく広がる。15万都市にはもったいないくらいの贅沢です。
 
 で、ハード面はどうでしょう?
サーバ機。これはもう「おたるの図書館」で確保済み。文字のテキスト・ファイルなんていくらでも入ります。これから10年間くらいは容量のことは何も考えなくて平気でしょう。
 そして、ここがいちばん大事なところなのだけど、小樽の場合、「青空文庫」をやるためのインフラはみんなが思っている以上にかなり整備されているのです。つまり、サーバ機のみならず、「おたるの図書館」には、市立小樽文学館の蔵書データがすでにできあがっているのだから…
 本家の「青空文庫」が持っている唯一の弱点(?)として、その「蔵書構成」があげられます。つまり、どの作品を「青空文庫」の中に入れるか…は、すべて、それぞれ作品を入力するボランティア「青空工作員」の好み(あるいは見識?)に任せられています。現在は、その集まった入力ファイル数の膨大さ、その人海戦術によって弱点を消すことに成功しているのですが、スタートした時はこの逆で、その収録作品数の少なさとともに、その作品のバラつき加減が気になったものでした。
 今、「おたるの青空」をスワン社が始めたとすれば、たぶん、本家の「青空文庫」が1998年頃にやった苦労はかなり減っているのではないでしょうか。ある種「小樽」スタンダードとなりうる小樽文学館データがあれば、識者に入力候補作を挙げてもらうことも可能ですし、また、「おたるの図書館」利用者に直接候補作を投票してもらうことも可能です。
 入力にとりかかるまでの気苦労がかなりちがうだろうと考えます。きちんとした蔵書データを持っているということは、単に蔵書検索が便利になる…といった思惑を越えて、いろいろな面で図書館全体をパワーアップして行く上での原資本となりうるのです。
 
 
 
 
3.私の青空
 
 個人的な想いとしては、私は、この「おたるの青空」のような試みをきっかけとして、いつもの啄木や多喜二じゃない「小樽」というものの掘り起こしにつながって行けばいいなぁと思っています。
 啄木や多喜二は「青空文庫」でほとんど読めます。でも、例えば並木凡平の作品、例えば岡田三郎の作品…というのはなかなか手軽に読めるような環境にはないのですね。文学館展示などで、その作家の名前は知っているけれど、実際にその作品を読んだことはないんだ…という「小樽の」作家は数多い。(まあ、私の努力が足りないだけの話かもしれないが…)
 そこまで古いことを言わなくとも、今、知人の○○さんが若い時に自費出版した本…なんて、小樽に来て10年そこらの私たちには全然読む手だてがないですね。ぜひ、こういう領域も、誰もが市立図書館並の手軽さで読める環境になることを願います。
 
 「小樽」イメージが、大きく深いものに変わるのではないでしょうか。
 今、私たちは小樽啄木会ホームページに行くと、明治40年の小樽にやって来た石川啄木に直接に会い話をした「眉の秀でし少年」高田紅果が書いた『在りし日の啄木』の全文をいとも簡単に読むことができます。
 私が望むのは、つまり、こういう「小樽」。啄木がいただけの小樽ではない。高田少年もいた、煎餅屋のおばさんも、占いの先生も小樽の毎日を生きていた、そんな「小樽」の再生なのだと思います。
 

 
 
 

 ※ページ数の関係で、『青空文庫のしくみ』に入っている「青空文庫の財政基盤」
 という章を紹介することができませんでした。たいへん感動的な文章ですので、
 「青空文庫」に行った際にはぜひご一読ください。やはり金の出どころが明快な
 組織や運動というものは、それだけで人の心を打ちますね。(新谷)