三月十一日


 

 小奴の長い長い手紙に起される。先夜空しく別れた時は“唯あやしく胸のみとどろぎ申候”と書いてあつた。相逢ふて三度四度に過ぎぬのに何故かうなつかしいかと書いてあつた。“君のみ心の美しさ浄けさに私の思ひはいやまさり申候”と書いてあつた。

 今日も亦終日の大吹雪、八日程ではないけれど午后は全く交通杜絶。辛じて社から帰つた。籠城の準備の葡萄酒を買つて。

 八日以来各地との連絡全く杜絶、全道の鉄道上通、通ずるのは電信許り。

 夜に入つて雪は雨となつた。葡萄酒を飲んで小奴へ長い長い手紙の返事を長く長く書いた。俺の方では、吊も聴かなかつた妹に邂逅した様に思ふが、お身は決して俺に惚れては可けぬと。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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