三月三日


 

 朝、横山君が訪ねて来て、今夜この下宿へ来る事に決定。

 編輯は早く締切る。日景主筆が今暁四時無事鉄道操業視察を終つて帰社したので、五時から鶤寅亭に慰労会を開いた。南畝氏を初めとして、社中同人一同、小南、衣川、泔水に予。校書は小蝶、小奴、ぽんた、後で妙子といふのも来た。小奴は予の側に座つて動かなかつた。

 酔ふて九時半頃散会。出る時小奴は一封の手紙を予の手に忍ばした。裏門の瓦斯燈の仄暗き光に封を切ると、中には細字の文と共に、嘗て自分の呉れてやつた紙幣が這入つて居た。小奴の心は迷うて居る。予は直ぐ引返して行つて玄関をあけた、奴を呼んで封筒のまゝ投げて返す。

 本行寺の加留多会へ衣川と二人で行つて見たが、目がチラチラして居て、駄目であつた。帰りに小奴に逢つた。

 宿には横山城東子が約の如く待つて居た。今夜から隣りの部屋に居るのだ。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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