二月二十日


 

 起きて楊枝をつかつて居る所へ、内国生命の林斅君が来た。初対面の挨拶よろしく、一寸気持のよい男で、八字髯が長い。

 出社。昨夜遅く書いた“増税案通過と国民の覚悟”を載せる。

 夜、また林君が来た。操業視察隊一行の出迎は失敬して、一緒に鹿島屋に飲む。市ちやんは相上変の愛嬌者、二三子といふ芸者は、何となく陰気な女であつた。強いてハシヤイデ居る女であつた。十一時出たが、余勢を駆つて、鶤寅へ進撃、ぽんたの顔を一寸見て一時半帰る。

 室に入つて見ると、誰かしら寝て居る者がある。見るとそれは沢田天峯君であつた。小樽日報特派員として視察隊一行と共に来た沢田君であつた。話はそれこれと尽きぬ。桜庭嬢の事も聞いた。母者人が頑固なため容易に物にならぬといふ話。それから室蘭で金六といふ芸者に惚れられた事、札幌で生れて初めて遊廓に遊んで、松が枝といふ太夫の美しかつた事、……午前三時半枕に就く。

 枕を並べて寝て、えも云はれぬ心地がする。なつかしいものだ、友達といふものは。

 洋燈の光に友の寝顔を見つつ眠る。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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