二月十六日


 

 今日は日曜日。十時起床。

 手紙二通、函館の斎藤大硯君と吉野白村君から来た。大硯君は総選挙まで函館日々新聞へ筆をとる事になつたといふ。吉野君の転任問題は、要するに俸給問題である。

 十一時、支庁の梶君を其自宅に訪ふたが、留守。吊刺と吉野君からの手紙を置いて来た。佐藤国司君を誘うたが矢張留守。斬髪して、予て毛生薬を貰ふ約のある釧路病院の俣野君を訪ふ。これも留守。今日は人間が皆家に居ぬ日だと思ふ。

 今日は正午から釧路座へ集つて、釧路北東両社合同演劇の稽古をする筈なので、行つて見ると、日景君を初め二三の人が早来て居た。芸題は“無冠の帝王”一吊“新聞社探訪の内幕”ときまり、全三場、予は第一幕及び第三幕には新聞社主任記者として登場し、第二幕には大山師の乾分となりて出ることになった。(一)新聞社主筆室。(二)料理店客室。(三)編輯局。

 三時半頃から既に詰かけた会衆があった。これは今朝の新聞に、定刻前に来なくては入場することが出来ぬと書いて置いた為である。新聞の勢力と云ふものは、意外に強いものと思つた。へ行つて夕食を了へて来ると、既に開会に間がない。

 有馬君の琵琶は、今夜余程声がよくなつて居た。ヰオリンと琴の合奏やら剣舞やらで、八時頃愈々芝居になる。僕は顔に少し白粉を施こし眉をかいた。

 第一幕は日景君と予との対話で幕があいた。土地喰山師花輪(北東)が上杉伯爵に伴はれて来て、此日の紙上で攻撃された事を弁解し、帰りに袖の下を置いてゆく。僕が佐藤探訪を呼んで精探を命ずると幕。第二幕は料理屋奥座敷で、花輪と其乾分たる僕が密議を凝す。隣室で佐藤が一々話をきゝ取るといふ仕組。北東の横山君の芸妓お佐勢は実に巧かつた。第三幕は編輯局、模様よろしくあつて佐藤帰り来り、精探の結果を僕が書く。北東の西嶋社長の予審判事が家宅捜索に来る。僕が委細弁明して帰す。それを呼びとめて新聞記者は無冠の帝王だと威張る。幕。

 芝居は一回の稽古だにしなかったのに上拘、上出来であつた。十時半に済む。それからへ行つて大に飲むで、一時半帰る。

 今日は、どうしたものか、大に浮かれた。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

1