一月十九日


 

                       於岩見沢

 朝起きて顔を洗つてると、頼んで置いた車夫が橇を曳いて来た。ソコソコに飯を食つて停車場へ橇を走らした。妻は京子を負ふて送りに来たが、白石氏が遅れて来たので午前九時の列車に乗りおくれた。妻は空しく帰つて行つた。予は何となく小樽を去りたくない様な心地になつた。小樽を去りたくないのではない、家庭を離れたくないのだ。

 白石氏の宅へ行つて次の発車を待ち合せるうちに、初めて谷法学士に逢つた。才子肌な薄ツペラな男。午前十一時四十分汽車に乗る。雪が降り出した。

 札幌で白石氏は下りた。二等室の中に人は少ない。急に旅にある様な心地になつて、窓を透かして見たが、我が愛する木立の都は雪に隔てられて、声もなく眠つて居た。午后四時岩見沢に下車、橇を駆つて此姉が家に着く。札幌の妹も来て居たが、夕方の汽車で帰つて行つた。凍れるビールをストーブに解かし、雛を割いて楽しい晩餐を済ました。此夜は茲で一夜を明すのだ。“雪中行”第一信を二通書いた、日報と釧路新聞のために。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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