一月七日


 

 温かい日。

 原稿紙を出して机の上の塵を払つた。短篇小説を二つ三つ書かうと思ふ。一つは彼の松岡政之助の事、題は“青柳町”としようと思ふ。一つは大塚君の牛屋の二階で牛乳を飲んだ時の事、この題は“牛乳罎”としようと思ふ。モ一つは高橋すゑ子君の事。何れも函館大火後の舞台だ。今日は構想だけで日を暮す。

 今日は“七日正月”と云ふさうな。紋付の羽織を斎藤君から貰つたので、今迄着て居た飛白ののと蚊帳を質に入れて二円借りた。夕飯に馬肉汁の御馳走あり。

 夜、例の如く東京病が起つた。新年の各雑誌を読んで、左程の作もないのに安心した自分は、何だか恁う一日でもジッとして居られない様な気がする。起て、起て、と心が喚く。東京に行きたい、無暗に東京に行きたい。怎せ貧乏するにも北海道まで来て貧乏してるよりは東京で貧乏した方がよい。東京だ、東京だ、東京に限ると滅茶苦茶に考へる。噫、自分は死なぬつもり、平凡な悲劇の主人公にならぬつもりではあるが、世の中と家庭の窮状と老母の顔の皺とが、自分に死ねと云ふ。平凡な悲劇の主人公になれと責める。

 家の中が暗い様な気がする。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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