一月六日


 

 昨夜枕に就いてから、夢成らずして魂何時となく遠く飛び、色々な過去の姿が追憶の霞の奥に現はれつ消えつとする。函館が恋しかつた。実に恋しかつた。夜霧深き大森の白浪、露光る谷地頭の朝風、宮崎君吉野君岩崎君、大塚君の太い声も聞きたい。弥生校の、今は焼けはてた職員室も忍ばるる。青柳町といふ吊は、何かしら昔の恋人の吊の如く胸に繰返される。眠つたのは二度目の金棒の響過ぎて余程経つてから。

 今朝は寒さが大分弛んで来た。

 午后、昨夜の約束で、大硯君から貰つた木綿の新らしい紋付を着て沢田君を訪ふた。話は左程はづまなかつたが、三杯平らげた雑煮は美味かつた。帰りに西堀君の店を訪ふ。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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