一月二日


 

 十一時頃目を覚ます。初荷積出しの馬橇の、勇ましい馬の嘶ぎと鈴の音が、凍つた空気を劈いて聞える。えならぬ気持だ。起きて見ると頭がムヅ痒い。斬髪に行つて十九銭とられる。アト、石油と醤油を買へば一文もないと云ふ話。

 また出かけて、予て噂のあった西堀秋潮君が、札幌から移って来て暮の二十七日に開いたといふ書店を見舞った。秋潮君は、寒い風の吹き通す新店に、チヨコナンと坐って居た。

 帰って見ると、大硯君と本田荊南(竜)君が待って居て、正月らしい大きな声で笑つて居る。一緒に大硯君の宅へ行つて、豚汁で盛んに飲み盛んに喰つた。気焔大に昂り、舌戦仲々素晴しかつた。三十六の大硯君は樺太へ行つて大地主になるといふ。二十五の本田君は成功せぬうちは北海から一歩も南へ帰らぬといふ。所謂文明北進主義だ。薩南の健児、屹度成功する性格だ。二十三の自分は、金さへあつたら東京へ行くと主張した。酔つて帰つて十一時眠る。


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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