睦 月―― 小樽 ――

 一月一日


 

 起きたのは七時頃であつたらうか。門松も立てなければ注連飾りもしない。薩張正月らしくないが、お雑煮だけは家内一緒に食べた。正月らしくないから、正月らしい顔したものもない。

 十一時頃出掛けた。世の中は矢張お正月である。紋付を着て、手に吊刺を握つて、門毎に寄つて歩いてる男が沢山ある。自分は紋付も着ない、袴も穿かない。沢田書から借りて居るインバネスも正月らしくない代物だ。沢田君へ行つたが留守だつた。稲穂学校の前を下りて来ると、四方拝の式が済んだと見えて、正装した小供らがゾロ/\門から出て来る。其等に立交つて歩いてると、何だか少し正月らしい気になつて来た。小供は何日でも可愛い。斎藤大硯君の僑居を訪ねたが矢張留守だつた。馬鹿臭いから帰る。

 昨目から初めた英語の復習をコツ/\やつて居ると、出入の魚屋や米屋が年頭の顔出しに来る。社の佐田と奥村も顔出しをして行つた。佐田は特務曹長の正装をして威張つて歩いてる。滑稽にも程もあらうぢやないか。藤田武治が吉野花峯といふ男を連れて来た。在原も来た。

 夜、自分が入社させてやつた白田北洲が酔払つて来た。餅を喰はした所が、柄にもない気焔を吐いて行つた。トンデモない話だ。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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