大晦日


 

 来らずともよかるべき大晦日は遂に来れり。多事を極めたる丁未の年は茲に尽きむとす。然も惨憺たる苦心のうちに尽きむとす。此処北海の浜、雪深く風寒し。何が故に此処迄はさすらひ来し。

 多事なりし一歳は今日を以て終る。この一歳に贏ち得たる処何かある。噫、歳暮の感。千古同じ。

 朝沢田君に手紙を送る。要領を得ず。外出して俳優堀江を訪ふ、蓬はず。帰途大硯君に会す、

「大晦日は寒い喃。《「形勢刻々に非なりだ。《行く人/\皆大晦日の表情あり。

 笹川君に妻を使す。要領を得ず。若し出来たら午后十時迄に人を遣らむと。

 予は英語の復習を初めたり。掛取勝手に来り、勝手に後刻を約して勝手に去る。

 夜となれり。遂に大晦日の夜となれり。妻は唯一筋残れる帯を典じて一円五十銭を得来れり。母と子の衣二三点を以て三円を借る。之を少しづつ頒ちて掛取を帰すなり。さながら犬の子を集めてパンをやるに似たり。

 かくて十一時過ぎて漸く債鬼の足を絶つ。遠く夜鷹そばの売声をきく。多事を極めたる明治四十年は「そばえそば《の売声と共に尽きて、明治四十一年は刻一刻に迫り来れり。

 

  丁未日誌終

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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