十月十日


 

 朝起きて見れば吉野君の手紙あり。令弟遂に遂に/\死去せられ、葬儀のため帰郷して五日帰函せりと。予はこの詳しき友が心のたけを繰返して黯然涙を催せり。

 野口君手相を見る、其云ふ所多く当れり。

 社にて諸新聞より切抜きたる材料により、「浦塩特信《なるものを書けり。新聞記者とは罪な業なるかな。

 夕刻、園田君急に云ひ出して家に帰らむと曰ふ。聞いて見れば、矢張生活の方針を立て得ざる無意志の人なるなり。敢て止めず。午后八時悄然として鞄を下げたるまゝ其長大なる躯幹を暗中に没し去れり。予は云ひ難き憐愊の情にうたれたり、妻も亦しかく云ひぬ。聞げば昨朝台所に宿の人居りしために遠慮して顔も洗はざりし由、何処迄哀れなる悲しき消極の人ぞや。歌よむと云ひ詩かくといふ人には、何故かゝるデカダン的の性格多きにや。予は云ひがたき惻怛の情を催ほせり。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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