九月十六日


 

 午前、窓外の草生に秋風乱れて、天に白雲高し、友の外出を機とし、函館の諸友へ手紙かけり

 予は此日より北門新報杜に出社したり。毎日印刷部数六千、六頁の新聞にして目下有望の地位にありといふ。

 予の仕事は午后二時に初まり八時頃に終る、宿直室にて伊藤和光君と共に校正に従事するなり。和光君は顔色の悪き事世界一、垢だらけなる綿入一枚着て、其眼は死せる鮒の目の如く、声は力なきこと限りなし、これにて女郎買の話するなれば、滑稽とも気の毒とも云はむかたなし、彼は世の中の敗卒なり、戦って敗れたるにあらずして、戦はざるに先づ敗れたるものか。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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