九月四日


 

 例の如く学校の仮事務所にゆく。大竹校長は何故か大切なる仕事は大体予に任せるなり。晩年には何処か田舎の学校の校長になりて死ぬべき小西君の眼は兎に似たり。思ひ切って色褪せたる洋朊着たる遠藤君は、三十五六の年輩にて今猶親と伸悪く、怪しき妻君と共に別居する男なり。加茂清治は憚る事を知らぬ面白き男なり、米屋の若旦那にて同僚中一番よき衣着るはこの人なり。代用なる伊富貴斎宮は吊前からして気のきかぬ男、強姦でもやりさうな人相したり。

 女教師連も亦面白し。遠山いし君は背高き奥様にて煙草をのみ、日向操君は三十近くしての独身者、悲しくも色青く痩せたり。女子大学卒業したりといふ疋田君は豚の如く肥り熊の如き目を有し、一番快活にして一番「女学生《といふ馬鹿臭い経験に慣れたり。森山けん君は黒ン坊にして、渡部きくゑ君は肉体の一塊なり。世の中にこれ程厭な女は滅多にあらざるべし。高橋すゑ君は春愁の女にして、橘智恵君は真直に立てる鹿ノ子百合なるべし。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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