九月二日 月


 

 夜岩崎君宅に会す。神について語り、松岡君が一ケ厭ふべき虚偽の人たるを確かめぬ。岩崎君と吉野君と予とは各々己が故郷を語れり。ああかの山かの水、予等が心は涙を催ほす許り喜べり。追憶語りする許り悲しくて嬉しきはなし。岩崎君は千町の青田を負へる弘前の物語しぬ。吉野君はまた嘗て職を奉じたりし十勝の自然を説けり。予はかの盛岡の学堂にありし頃、友瀬川藻外と共に浅岸の山奥に秋山角弥といへる一教師を訪ひしことを思出でて語りぬ。時は秋なりき、枝豆、キミ、栗、それらの味は中津川の彼方の山に出でし月と共に忘られず。

 サテ話頭いつしかまた恋に入りぬ。友は皆真を語れり、一人松岡君は虚偽を語れり。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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