九月一日 日


 

 学校にては学籍簿を焼き出席簿を焼けり、故に先づ第一に生徒の吊簿を調製し併て其罹災の状況を調査せざるべからず。乃ち市中各所に公告を貼付して来る四日生徒を公園に集むべしと議決しぬ。かくて予等職員一同は北日午后各区域を定めて貼紙に出掛けたり。

 予の区域は二十間坂以西山背泊町帆影町に至る西部一円なりき。同行したるは森山けん高橋すゑの二君なり。小使山県は破鐘の如き声して淫らなる話をし、淫らなる唄など歌ひ乍ら其処の板塀、此処の土蔵の壁に公告を貼りゆけり。予等は時に之を督するのみにて打語りつつ其後に従へり。焼跡の細雨一種異様の臭を交へて顔を打ち、帆影町に入りては腐れたる魚の臭に鼻を掩ひつ。人の心は猶鎮まらず、到る所火事の話をきき、到る処焼け出されたる人を見る。焼け出されて家を失へる一理髪師が、帆影町のとある海辺にて、大道に椅子を置いて客のために髪を刈れるなど、常には見るべからざる面白き光景なりき。さて予等はいと疲れたり。疲れたれども若き女は優しきものなりき。これ大いなる秘密なり、然れども亦美しき秘密なり、若き女の優きは。

 夜吉野君の宅に岩崎並木二君と共に会せり。家にかへれるは一時半なりき。皆共に恋を語れる事常の如し。同じ事同じ様に語りて然も常に同じ様に目を輝かすは面白からずや。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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