二六四 四月二十六日荻の浜より 岩崎正宛


 

今朝七時前投錨、すぐ上陸。

碇泊五時間。僕にとつて今年の春は此五時間だ。短かい春ではないか。紅梅、桃の盛り、桜も少し笑つて居る。崖の竹藪の下の椿の花、これは古の武士の嫌つた花だといふが、散りぎはの脆いところが心をひく。

古風の家が三十戸許り。空が薄く曇つて東風が少し騒ぐ。頻りに耳に入るはなつかしき/\ナハチガルの春の歌!

  二十六日朝八時

                  荻の浜港にて 石川啄木

 岩崎正様

 


※テキスト/石川啄木全集・第7巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人

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