今朝七時前投錨、すぐ上陸。
碇泊五時間。僕にとつて今年の春は此五時間だ。短かい春ではないか。紅梅、桃の盛り、桜も少し笑つて居る。崖の竹藪の下の椿の花、これは古の武士の嫌つた花だといふが、散りぎはの脆いところが心をひく。
古風の家が三十戸許り。空が薄く曇つて東風が少し騒ぐ。頻りに耳に入るはなつかしき/\ナハチガルの春の歌!
二十六日朝八時
荻の浜港にて 石川啄木
岩崎正様
※テキスト/石川啄木全集・第7巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人