二〇九 九月二十三日札幌より 並木武雄宛


 

札幌は一昨日(オトツヒ)以来

ひき続きいと天気よし。

夜に入りて冷たき風の

そよ吹けば少し曇れど、

秋の昼、日はほか/\と

(タケ)ひくき障子を照し、

寝ころびて物を思へば、

我が頭ボーッとする程

心地よし、流離の人も。

 

おもしろき君の手紙は

昨日見ぬ。うれしかりしな。

うれしさにほくそ笑みして

読み了へし、我が睫毛(マツゲ)には、

何しかも露の宿りき。

生肌(ナマハダ)の木の香くゆれる

函館よ、いともなつかし。

木をけづる木片(コツパ)大工(ダイク)

おもしろき恋やするらめ。

新らしく立つ家々に

将来の恋人共が

(カア)ちゃんに甘へてや居む。

はたや又、我がなつかしき

白村に翡翠白鯨

我が事を語りてあらむ。

なつかしき我が(ター)ちゃんよ、――

今様(イマヤウ)のハイカラの吊は

敬慕するかはせみの君、

外国(トツクニ)の ラリルレ(ことば)

酔漢(ヱヒドレ)の 語でいへば

M…M…My dear brethren !――

君が文 読み、くり返し、

我が心 青柳町の

裏長屋、十八番地

ムの八にかへりにけりな。

 

世の中はあるがまゝにて

(ドウ)かなる。心配はなし。

我たとへ、柳に南瓜

なった如、ぶらり/\と

貧乏の重い袋を

痩腰に下げて歩けど、

本職の詩人、はた又

兼職の校正係、

どうかなる世の中なれば

必ずや怎かなるべし。

見よや今、「小樽日々(にち/\)

「タイムス《は南瓜の如き

(ツル)の手を我にのばしぬ。

来むとする神無月には、

ぶら/\の南瓜の性の

校正子、記者に経上(ヘアガ)

どちらかへころび行くべし。

 

一昨日(オトツヒ)はよき日なりけり。

小樽より我が妻せつ子

朝に来て、夕べ帰りぬ。

札幌に貸家なけれど、

親切な宿の主婦(カミ)さん、

同室の一少年と

猫の糞他室へ移し

この室を我らのために

貸すべしと申出でたり。

それよしと裁可したれば、

明後日妻は京子と

鍋、蒲団、鉄瓶、茶盆、

携へて再び来り、

六畳のこの一室に

新家庭作り上ぐべし。

願くは心休めよ。

 

その節に、我来し後の

君達の好意、残らず

せつ子より聞き候ひぬ。

焼跡の丸井の坂を

荷車にぶらさがりつつ、

 (こゝに又南瓜こそあれ、)

停車場に急ぎゆきけん

君達の姿思ひて

ふき出しぬ。又其心

打忍び、涙流しぬ。

 

日高なるアイヌの君の

行先ぞ気にこそかかれ。

ひよろ/\の夷希薇の君に

事問へど更にわからず。

四日前に出しやりたる

我が手紙、未だもどらず

返事来ず。今の所は

一向に五里霧中なり。

アノ人の事にしあれば、

瓢然と鳥の如くに

何処へか翔りゆきけめ。

(タイ)したる事のなからむ。

とはいへど、どうも何だか

気にかゝり、たより待たるる。

 

北の方旭川なる

丈高き見習士官

遠からず演習のため

札幌に来るといふなる

たより来ぬ。豚鍋つつき

語らむと、これも待たるる。

 

待たるるはこれのみならず、

願くは兄弟達よ

手紙呉れ。ハガキでもよし。

函館のたよりなき日は

何となく唯我一人

荒れし野に追放されし

思ひして、心クサ/\、

訳もなく我がかたはらの、

猫の糞癪にぞさわれ。

 

猫の糞可哀相なり、

鼻下の髯、二()程のびて

物いへば、いつも滅茶苦茶、

今も猶無官の大夫、

実際は可哀相だよ。

 

札幌は静けき都、

秋の日のいと温かに

虻の声おとづれ来なる

南窓(ミナミマド)、うつら/\の

我が心、ふと浮気(ウハキ)()し、

筆とりて書きたる(フミ)

見よやこの五七の調よ、

其昔、髯のホメロス

イリヤドを書きし如くに

すら/\と書きこそしたれ。

札幌は静けき都、夢に来よかし。

 

   反歌

白村が第二の愛児(マナゴ)笑むらむかはた泣くらむか聞かまほしくも。

なつかしき我が兄弟(オトドヒ)よ我がために文かけ、よしや頭掻かずも。

北の子は独逸語習ふ、いざやいざ我が正等(タダシラ)競駒(クラベゴマ)せむ。

うつら/\時すぎゆきて隣室の時計二時うつ、いざ出社せむ。

  四十年九月二十三日

                  札幌にて 啄木拝

並木兄 御侍史

 


※テキスト/石川啄木全集・第7巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人

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