紅筆便り
 
石川 啄木
 
 
 
 
 慈善演劇の為めに此頃二三日狭斜巷聞もなかるべしと紅筆子は一卜息き休まうと致し候ところ突如として芳信参り申侯其は余の儀に無之候彼の狎客粋士連が媒謡頻りに挑み候へども花は之れ解語に無之と実に繊にして心に通せざるのみか纔(わず)かに乳を探り候ハバ偏へに繊指に膚を剥せらるゝポンタ妓に候流石は越後衆だけに眼のつけ処は亦格別に候近頃朋輩の妓某より横取りしたる情人はと申候に某弗旦とばかりにて判然不致候処一昨日のことポンタは途中にて紅き封筒の手紙をアル小娘の懐中に推しこめ候て耳元にて何事かを?き候へしが遠目ながらも其宛名の文字は「根室銀行にて鎌田様」と読まれ申候故逸早く手を廻して其の手紙の内容を探知致し候へども余りに無粋なことは不仕候間御安神下され度候▲小奴は此頃鶤の女将と或ることを頻りと相談致居るとの風聞に候小奴の親切は誰れ人も能く知るところにて独り朝たに停車場に呉客を送り深夜旅亭に越人を迎ふるのみには無之侯へしが近頃は何如なる魔神にたゝられ候ものか最と薄らき来り三期/\と云はるゝまでに禿げ候鬢の毛は益々薄く相成候は誠に惜しきことに有之候▲見番の姐さん連は近頃メツキリお座敷無之候故何如はしたることゝ探り候ところ過ぐる夜のこと大工連に見番新築費請求の為め暴(あ)ばれこまれ一部分破壊され候につき其金策の為め無尽を企て候も思ふ様に纏り不申止むなく三味線、衣類などを暫時一六銀行へと保管致し大工連乱暴の難を避け居るとの風聞に候、あなかしこ。
 
 
(釧路新聞 明治四十一年三月二十五日)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2006年3月25日公開