紅筆便り
 
石川 啄木
 
 
 
 
 鶤寅の小奴は妾にも理想の夫として青年文士がありますよ、「北東」の文壇を賑かし居る紫苑とは即ちソノ人ですよ。と臆面もなく語り出すところ却々(なかなか)の表裏妓に侯▲釧路の粋客連は「親子丼」は大嫌と相成りたる由にて今後は「親子丼」を座敷に出さぬと致したるとの風聞を耳にしたる妙子は、ア、女中の邪魔ばツかりとのみ思ひしは妾の誤解であつた、と始めて合点したりとの事聞き及び申候へども何のことやら不粋の記者には颯張(さつぱり)相分り不申候▲鹿島の市子は近来頻りに沈思黙考にのみ耽けり居る由にて去る人は文学芸妓となる積りにやと問へたれば、市子はイゝエ三河守の御帰館を胸で数へ居る処にて……妾には此頃の雪は二三ケ月も続いて汽船も汽車も不通になつて呉れゝば結構だと思つてるのでツイお座敷へ出ましても失礼致するので誠に……ナンテ稼業に不似合な耳孕を紅にするところ却々の詩的と申ことに候、あなかしこ。
 
 
(釧路新聞 明治四十一年三月十八日)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2006年3月18日公開