紅筆便り
 
石川 啄木
 
 
 
 
 さてとや起き出で見れば見る目の限りを埋むる雪の景色旭影すが/\しく窓に入りて宿酔の気も忽ちに晴れ候▲さては粋界には別に気の晴るゝ様な珍聞もなき様子に候喜望楼の小住妓には此度母者人の病気を機掛に二三日前廃業専心看病をするとは表向にて愈々武富米吉氏の所有権を確認したりとの事に候▲舟見楼芳子の事は過日の紙上浮世眼鏡子より聯か御意を得置候ひしが料理番の川村との関係が噂に立つたので胡瓜の倉さんの手前悪く三日三晩膝をつき合しての談合の結果川村は一両日中に立つて阿寒の某料理屋に行く事として手を切つた風に見せかけ二三ケ月経つてから帰つて来て手に手を鶏が鳴くなる東の空ならで某方面に血路を開く事に決したるが岩にせかるゝ滝川のわれても末にあはむとに芳子妓も仲々やるもんだネとさる人の申され侯▲喜望楼のお栄ちやん事件近頃二度まで御意を得置候ひしが矢張り最初の話の方が事実だつた由にて一昨日突然廃業する事になり徳ちやんは手中の玉をとられた口惜さにウロ/\して居る所へお栄の親爺の某態々川向から御出張どういふ訳か知らねど二十五円取つて帰つたとの事に侯泣面に蜂とはこれなんメリと徳公のさる友達が申侯▲小奴妓には病気本復昨夜より御出勤の由かしこ。
 
 
(釧路新聞 明治四十一年三月四日)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2006年3月4日公開