紅筆便り
 
石川 啄木
 
 
 
 
 あげまゐらせ候の立姿なよやかな処をと考へ申侯得共不粋の紅筆子相も変らぬ下らず事申上げるもおはもじさまや▲釧路粋界の花形小奴、市子の噂は度々お伺まゐらせ候得共町見番の五郎は如何せしものにや一向此頃音沙汰無きまゝ去る粋様に伺候処近々見番新築披露と共に花々敷(はなばなし)く打て出でん下心にてそれ/゛\準備中の由に候▲小奴には三人も四人も意中の人なく唯一人だけにて今は函館に参り居る由而も青年文士にて之こそ真実にマイ・ラバーよと例の通弁ばりに申居り候ランプ屋の弟さんはさぞや側隠の情に堪へざることゝ遙察いたし侯▲雀の月給は五十円と聞及び候処実は三十円の由之は本人の自白に候と過日ひな子、大漁、外一名が宝来座の活動写真を見物いたし居り候陛下の御真影を現出した時弁士の注意にシヨールを取外したは感心いたし候得共平気で巻煙草をパク/\遣つて居るには寒心いたし候▲妖女中かな子は此頃奔別の白首と化け候との噂に候が其前日幣舞町の中西周旋屋で六十近き老爺さんと三時間も密談を凝らしたる珍聞もこれあり候へば何か隠謀があるだらうと釧路中の女中は噂いたし居り申候尤とも出発の際には曲林の幸さんと一所に出発され候由に候へども幸さんの行く手は十勝某所とのことなれば之には別に隠謀なしとの岡焼姐さんの千両附きの保証にこれあり候。
 
 
(釧路新聞 明治四十一年二月二十九日)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2006年2月29日公開