紅筆便り
 
石川 啄木
 
 
 
 
 けふもまたまゐらせ候と許りまゐらせ候▲鹿島屋の二三子には此頃十一時芸者といふ新名がつき候其訳は何ぞと聞くでもなし家に毎晩サの字が待つて居るので手酌ではサゾ/\不味からうと云ふ心配から十時過ぐればモウ座敷に落つかず十一時が打つと屹度何とか理由を拵へて帰つてゆく為との事に候▲ながひげの君とは誰が事なるべき紅筆子にも一向合点が参らず候へど此君よりぽんたに遣つた手紙さる所にて拾ひ候儘此処に御紹介申上まゐらせ候

 
御身にほれ申候此身如何なし被下候や御返事待上候頓首
    恋しきぽんた様     ○拝
 ぽんたは顔が真丸なので何方へでも転びさうだと皆様互ひに御心配の由に侯▲序にモ一つ落し文を御披露可仕候これは去る二十五日の日附にて鶤寅の使者が武富私道は曲辰事梅咲庵といふそば屋へ持つて行つたものゝ由仰し此艶福家は誰方やら一向解り不申候





 
只今のお手紙正に拝読仕りました。さり乍らつたさんの申す如く今夜はお客さんが沢山で兎ても行く事は出来ませんから、お客さんの帰り次第行きます、したが今夜はおそくなるでせう。いろ/\お話もありますが、取急ぎこれで失礼、草々不一
   二十五日
                             小奴
○○様御もとへ
▲釧路の粋界と云ふ本を出した方が今度小蝶、小奴、市子、雀、二三子、五人の写真を銅版にして絵葉書を出され候小売は一枚三銭五厘との事にて何れも千枚宛刷つた由に候が市ちやんと奴ちやんの分には全部買占策を施さんとして居る人があるとの事に候▲丸コの桃子は兎や角と朋輩の間に噂ありし故これ前に少し皆様の御意を得おき候ひしが生れつきの愛嬌者の事とて座をそらさぬ腕はさすがに江戸川岸の桜に化粧の妙術を悟りしだけあり此頃では随分とお安くない殿方二人三人ならず出来候由但し自称の年齢十八は何かの間違にて二十四が真実よと桃子贔屓の或る妓が語り申候▲去る二十四日の朝の事に候鹿島屋の市子が浦見町の真砂湯へまゐり候処、どうしたものか女湯の方に一つも湯桶が無かつたので大胆にも男湯の方から二つ三つ取つて来むものと度胸を据ゑ抜足差足男湯の方へ侵入したまではよかりしが湯桶に手をかけた拍子に「オイ市ちやん此方へ這入れ」と濛々たる湯気の中から大声をかけられ吃驚仰天して桶も手拭も三間許り彼方へ投げ出しドシンと許り尻餅をついた体よろしくアノ可愛い目玉をグル/゛\させたとは近頃キツテの珍聞に御座候先づはあら/\かしこ。
 
 
(釧路新聞 明治四十一年二月二十八日)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2006年2月28日公開