紅筆便り
 
石川 啄木
 
 
 
 
 茂尻矢畔頭に一時矯名を轟かしたる二三子拍子は先き頃丸五を引取り浦見町は小蝶拍子の旧宅に巣籠りの身となりしがこんど此度武富私道の鹿島屋へと出現、同家の市子、清香の二拍子と三幅対となりて花々しく応戦するさうだそれかあらぬか同家の女中男泣かせのカナ子は吾劣らずと西弊舞(ぬさまひ)の某商会へ巣籠りと酒落るさうだ▲丸五では兎角内訌があるとかで芳子も近々厚岸へ去るとの噂、左すれば丸五の花は空ツポーになる筈だが聞けばこの両人の跡構ひとして仙台より素敵な別嬪を輸入するさうだ▲先日宝来座でやつた釧路見番の大浚ひは見番芸妓の手並を見せて釧路の天地を丸呑みにしようとした所が例の雀が飛び出し無暗に立役の妙手を奮つた為め丸で鷺群へ鶴が出たやうで的が外れた見番芸妓がブツ/\中途から帰つた者もあつたとは笑止千万の至りジヤ▲雀は此頃気焔万丈当るべからずで「斯うなるまでには世間の人に幾度他人にされたやら」なんどチリン/\反りかへつてゐるさうだ▲釧路見番では今月一杯線香買ひ占められて何所へも出ないとの噂、之には蓋も身もあるとのこと穴賢(あなかしこ)。
 
 
(釧路新聞 明治四十一年二月一日)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2006年2月1日公開