一昨日の互礼会状
――釧路第一小学校に於ける――
 
石川 啄木
 
 
 
▲二時間半の懸値(かけね) 既報の如く愛国婦人会釧路幹事部は一昨二十六日(日曜)当町第一小学校裁縫室に於て例年により新年互礼会を開けり。午前十時の開会と云ふのに記者は所用の為め一時間許り遅れ息せき切つて馳(か)けつけたるに会場に集るもの僅か十名。松方幹事長も未だ見えず釧路慣れざる記者は暫らくアキレ返つて物が云へざる程なりし。会場は和風の室を二間開け放して上手に演壇を設け壇上の花瓶には椴松の一枝をあしらひたり。待つ事一時間余にして漸く会員参集し村田委員が立ちて開会を宣したるは時正に零時半なりき。如何に外出に不自由なる婦人の会合とは云へ二時間半の懸値とは驚かざるを得ず。
▲一番末位の幹事部 幹事長松方盛子女史より簡単なる一場の挨拶あり。一同起立して「君が代」を合唱し続いて村田委員総裁宮妃殿下の御諭旨を代読し昨年七月以降の会務報告に移れるが、該報告によれば当釧路幹事部の成績は北海全道各地幹事部に比較して一番末位にある由にて大に会員諸君の奮励を望む云々とありしが、此種の会にありては一般会員の奮励よりも寧(むし)ろ先づ幹事役員等の幹部の活動こそ第一に必要なるには非ざるか。四十年末現在の会員数は
 終身会員   九人
 特別会員   七十八人
 通常会員   三百十七人
にて之を三十九年末に比較せば全体に於て三十名の増員となり、多少の成績を見たるものの如しと雖ども
▲会費徴収は甚だ不成績 にして四十年度会費中今日迄に未だ徴収せざる分は
 特別会員総額百七十九円の内百四十円 通常会員総額三百六十二円五十銭の内百五十円
 計 未徴収額二百九十円
の巨額あり。之会員諸君に於ても其責任を負はざるべからずと雖ども又幹部の活動の充分ならざるにも依るべきか。
▲来賓演説 報告済みてより来賓の演説に移り北東新報記者横山氏一場の挨拶をなし記者も亦偶感一則を述べたり。(別項参照)それより本社の佐藤氏が催眠術に関して家庭及び児童教育上有益なる講演をなし、午後二時に至りて茶菓の饗応に続いて折詰の鮨を配布し雑談に花が咲きしが
▲余興の福引 初まりて意外なる当り物に坐中の人皆紅唇を綻ばして笑ひ興じ、最後に当町居住の講談家寿々喜亭米右衛門が得意の喉を鳴らして張扇の音高く一席の時代物を語りしが、話中聊(いささ)か淑女諸君の耳に入るるを憚る節あり面を背くる方もありしは遺憾なりし。かくて午後四時二十分に至り閉会を告げぬ。
▲当日の出席者 如何したものか来賓甚だ少なく、第一小学校長中田直義氏、北東新報社の花輪、横山、高橋三氏、本杜の佐藤君及び予の六名なりしが、村田委員及び同会事務員竹原氏は種々会場にありて幹旋の労をとられたり。出席会員は幹事長松方支庁長夫人幹事村田アイ子中江キヌ子二夫人以下数四十七名にして其姓名左の如し(順序不同)
 中村ツネ子、藤井ヤソ子、有田タマ子、北守トミ子、中川シナ子、鈴木ノブ子、
 森下マサヨ子、古宇田ナカ子、橋本テツ子、進藤マスノ子、小川ウメ子、野木フク子、
 亀田ヨシ子、三浦ハツ子、尾崎ムツ子、尾崎トキ子、久本マツヨ子、戸田ハマ子、
 橋本ノブ子、安富カヨ子、松原チヨ子、稲寝ユキ子、波岡トミ子、浦上リツ子、
 竹内タミ子、田鎖ユラ子、中沢クミ子、鈴木サノ子、菊地クニ子、根津テフ子、
 北谷ミセ子、千田ユキ子、杉本ウメ子、杉本コマ子、菊地スヘ子、佐々木ヨシ子、
 山口サン子、石馬場ナヲ子、畠山カツ子、新井キヨ子、畑田イツ子、赤松シヅ子、
 福田セキ子、上田サク子。
 
 
(釧路新聞 明治四十一年一月二十八日)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2006年1月28日公開