新時代の婦人
 
石川 啄木
 
 
 
 
「弱き者よ、汝の名は女なりき。」これ英国の詩聖沙翁が戯曲中の名句にして、多くの婦人研究者が好んで引用する所の語なり。然り、婦人の世に在る、之を男子と比較して、唯愛の一事を除いては殆んど凡ての場合に於て弱し。否、弱かりき。然れども現時思潮の大勢を見るに、現時の婦人は猶且沙翁時代の婦人の如く弱きか。諸姉は新聞紙上に於て、二三日前の重要なる倫敦(ロンドン)電報を知悉せられたるならむ。其伝ふる所に曰く、倫敦に於ける婦人参政権論者の一団は隊を組んで首相邸を襲ひ、屋内に闖入せむとして端なくも警官の阻む所となり、激烈なる反抗の後数名の婦人は捕縛せられたりと。婦人にして斯くの如き暴挙ある、決して慶すべき事にあらずと雖(いへど)も、沙翁を有するを以て自国第一の名誉なりとせし英国の婦人にして、既に之等の事ありとせば、以て時代の急激なる推移を見るべく、弱き者なりし婦人が漸く其社会的地位を向上せしめつゝあるを証すべきにあらざるか。
 例を外国の事に借来るまでもなし。昔時我が国の婦人、多く深窓幽閨の裡に生活を葬りて、其日夕悉(ことごと)く消極的なる女大学式の桎梏(しつこく)に甘んじ、活社会に対して何等交渉するしか所なかりき。然(しか)も現時の日本婦人は如何。彼等は男子と共に孜々(しし)として智力を研き、体力を養ひつゝあるに非ざるか。婦人にして既に男子と比肩して共に活社会に立たむとす。其結果果して奈辺に達すべきか。之容易に知るべからざる所なり。然れども吾人は既に今日に於て、婦人の手に成れる幾多の社会的事業を見る。我が愛国婦人会の如き、蓋し其最も大なるものの一たり。彼の空前の戦役に当りて、婦人会が外征将士に後援を与へたる事、多く男子に譲らず。或意味に於ては、寧ろ他の後援よりも此等窃窕(えうてう)たる婦人の熱烈なる同情は、一層将士をして感激せしめたるものゝ如し。之凱旋将士の口によりて時に吾人の耳にしたる所なり。而して此愛国婦人会は今や益々会務を拡張して、幾多の平和的事業に頁献する所あらむとす。果然、鳥は籠を出でて野に飛べり。日本婦人も亦時代の大勢に誘はれて雄々しくも深窓幽閨裡を出でぬ。
 家庭(ホーム)てふ語は美しき語なり。然れども過去の婦人にとりて、此美しき語は、一面に於て体のよき座敷牢たるの観なきに非ざりき。新時代の婦人は、今や家庭の女皇なる美名のみには満足せずなりぬ。籠を出でて野に飛べる彼等は、単に交際場裡や平和的事業に頭角を現はすに止まらずして、個人としては結婚の自由を唱へ、全体としては政治上の権利をも獲得せむとす。吾人は此新現象を以て、単に文明の過渡期に於ける一時的悪傾向として看過する事能(あた)はず。何となれば之実に深き根拠を有する時代の大勢なればなり。深き根拠とは他なし、婦人の個人的自覚なり、婦人も亦男子と共に同じ人間なりてふ自明の理の意識なり。
 兎にも角にも、今日以後の社会に於ける婦人の地位は、また昔日の如く弱き者たるに甘んずるものに非ず。而して此大勢の果して奈辺に迄達すべきかは、今日に於て最も重要にして且つ趣味多き問題たるを失はず。茲に吾人の為めに或るヒントを与ふる一事あり。そは乃ち社会劇「人形の家」に於て、彼の北欧の巨人イプセンが発表したる新婦人道徳の曙光なり。曲中の主人公は頗る個人的自覚の強きノラと云ふ美人なりき。ノラの夫は今日に於ける所謂好人物にして、ノラの罪を許すこと小児の悪戯を看過するが如く、其愛妻に向つて要求する所は、唯家庭にありて最も愉快なる一日を送り、花の如く舞ひ、雲雀の如く美しく歌はむことのみなりき。ノラは之を以て自己の人格を認めざるが故なりとなし、決然として其家庭を捨てゝ去りぬ。蓋(けだ)しノラは最も新時代的なる婦人なりしが故なり。吾人は今日以後の婦人問題を研究するに当りて、此「人形の家」に含まれたる重大なる意味を看過する事能はざるべし。
 予は一個の男子なり。男子なるが故に特に婦人に関して観察し思議する事を好む。唯今日の席上は、未だ此趣味深き問題の解決を要する場合にあらざるが故に、予は唯新時代の婦人問題に対する自己の観察の一部を披瀝するに止めむと欲す。而して今後常に諸姉と共に此新傾向の発達を観測するの地位に立つべし。予一個にとりては、此愛国婦人会釧路幹事部の消長も亦、好箇の研究対象たるを失はず。予は予一個人の立場よりして、諸姉が切にこの会の為めに尽されむ事を望む。云々。
 
 
(釧路新聞 明治四十一年一月二十八日)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2006年1月28日公開