潜水夫の溺死
 
石川 啄木
 
 
 
 
 潜水夫の溺死とは一寸怪(をか)しい話なれど、医者でさへ病死せぬと限つたものにあらねば致方もなき事共なり。一昨夜十時半頃美国古平を経て当港に寄港したる汽船積丹丸が、碇泊中の宗谷丸及び日露丸の間を徐行し来れる際、小樽丸の遭難地に向つて行くべき人夫八橋幸次郎外三名及び潜水夫南浜町石川久次郎方中塚英吉(三五)の乗組める同盟組の艀一隻、同船の進路を横らんとして誤つて衝突し逆立となりし為め、前記の四名及び船頭等海中に落ち、八橋らは幸にして同船の鎖に捉まりロツプを投げられて救はれしも、中塚英吉だけは船底に捲込まれたものか姿を失ひ昨日正午迄は未だ死体も揚らざりしさりとは気の毒な話なり。
 
 
(小樽日報 明治四十年十二月十日・第四十二号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2005年12月10日公開