志ある人々へ
 
石川 啄木
 
 
 
 昨年七月以来小樽警察署詰となり花園町派出所に勤務し居りし瀬棚(せたな)郡生まれ巡査福井勝太郎氏(二五)は、第七師団歩兵伍長として日露の戦役にも参加し屡々(しばしば)勲功(くんかう)を立てし人なるが、職務に忠実たる事衆(しゆう)に挺(ぬき)んで人民に接するにも懇切なれば長上の覚えも目出度、何彼につけて人の讃辞(ほめことば)に上り居りしが、斯(か)くと聞きたる勝太郎氏身を粉に砕きてもと益々励精し居る内、不図した事より病気に罹りしも、己が受持の管区を捨て置く能はずとて、去月三十一日暴風雨を犯して戸口調査をなせし為め遂に重症となりて腸窒扶斯(ちやうチブス)に変じ、去る二十三日伝染病院に収容さるるに至りしが、四十度以上の高熱にて人事不省に陥りつつ猶日常に受持管区の事を口走り、見舞に行きたる秋元部長の如き思はず落涙したりといふが、遂に去る二十五日不帰の客と成りし事惜みても猶余りある事共なり。右に関し警察署内にては、無論公務疾病とは云ひ難きも職務の為めに斃(たふ)れたるものなれば職員間にて義捐(ぎえん)を募り同氏の遺族に贈る筈なるが、後に残れる妻子は目下途方に暮れ居る由、志ある人には応分の義捐を吝(をし)み給ふ事なかれと斯くなん。
 
 
(小樽日報 明治四十年十一月三十日・第三十四号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2005年11月30日公開