書家伊藤薇山氏
 
石川 啄木
 
 
 
 
 土肥樵石翁(とひせうせきおう)の高弟として研讃十余年書法の蘊奥(うんあう)を極めて所謂伊藤流を創始せる薇山伊藤吉康(きちやす)氏が札樽(さつそん)の間に往復して揮毫の需(もとめ)に応じ居る由は嘗て報じ置きし所なるが、今般札幌に於ける有志二十余氏発起人となり、同区南五条西一丁目内海方に書道研究会なるものを設けて同氏の講話教授を始めたるが、超俗の風神に富む氏の筆致は所謂旅書家と自から其撰て異にするものあり。弘く人の嗜好に適して入会申込者意外に多き由なるが、当小樽にも同会の支部を置かんとする計画あり。其為め伊藤氏は一昨日来樽せられ有志と熟議の傍ら南浜町安藤回漕店にありて今明両日間揮毫の需に応ずる由。
 
 
(小樽日報 明治四十年十一月二十八日・第三十二号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2005年11月28日公開