何煙草が売れるか
 
石川 啄木
 
 
 
 
 去る十月小樽は函館販売所から分離して新らしく煙草販売所が出来しは人皆知る処なるが、今其販売開始以後の状況を聞くに、昨今は需要季節でもあり且商人の仕入時季であるから売行仲々多き由なるが、それで甚麼(どんな)煙草が一番需用が多いかといふに、刻では怎しても萩が一番である。それは値頃でもあり余り不味くないからであらうが、福寿草、白梅などは無論として、五月(さつき)、菖蒲(あやめ)に至つても、全体から見れば僅かに一分か二分のものである。斯く需要が多いので供給も自然渋り勝と、折々払底を告ぐるのは需要者に対しても気の毒の到りである。然し大演習も終了したら鉄道の輸送も余程閑になるであらうから、近々沢山着荷するさうだ。それから巻煙草の方では、口付で中にも売行の好い中にも敷島、大和等は第一番であるが、惜しいことには時々品切れとなることである。人間の嗜好といふものは妙なもので、今まで敷島、大和を吹かしたるものが、俄かに朝日を吹かす訳に行かぬものと見えて、近来は両切りに転じたものが多いらしく、それが為め従来両切りは売行が渋かつたのであるが、なか/\多くなつて来たが、其中チエリーが一番売れる様だ。
 
 
(小樽日報 明治四十年十一月十日・第十八号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2005年11月10日公開