不敵の女捕はる
 
石川 啄木
 
 
 
 
 富山県上新川(あらかは)郡新保(しんぽ)村生れ高宮セウ(二三)と云ふは、本年四月釧路国中川郡利別(としべつ)村料理店石黒源太方に酌婦奉公中、度々飲みに来れる釧路町、真砂町原田善次郎事千賀善次郎(二一)と出来合ひ主人源太の媒介にて夫婦となりしが、其後セウが病気に冒され釧路笠井病院に入院中、七月末善次郎はセウの実兄原田惣次郎所持の現金を拐帯して十勝国大津村に逃げ来り、セウを呼び寄せて共に函館に至り、更に廻り廻りて八月十八日頃当小樽に入り込み堺町博多屋旅館に投宿せしが、二人共健康(かげん)よろしからずブラ/\日を送り居りしため程なく三十円許りも宿料重みしより、去月二十二日セウは一人空知郡美唄村に行きて同地料理店山田ミワを欺き酌婦をして働いて返すからとて五十円を借り、小樽に残れる善次郎と相応じて巧みに小樽に逃れ来り、直ちに三十八円の宿料を支払ひ、残りをもて世帯道具を買入れ、入舟町二十一児玉タカ方の一間を借りて仕立職を初めしが、本月五日堺町棒久印呉服店川村庄平方より羽織十四枚女袷十二枚の仕立方を依頼され、去る十日に至り羽織五枚袷二枚だけ仕立上げ尚仕立上げざる袷五枚と共に棒久方へ返しやり、残れる反物は永井町岡部方へ二回、住初町一丁目林方ヘニ回、相生町中山方永井町吉川方外一ヶ所へ都合七回に入質せる事発覚し、一昨日其筋の手に捉はれたるが、年が僅か二十三で此不敵な所業とは後世真に恐るべき婦なりかし。
 
 
(小樽日報 明治四十年十一月十日・第十八号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2005年11月10日公開