女中の心配筋
 
石川 啄木
 
 
 
 
 秋田県由利郡金浦村平民河部トミエ(二一)と云ふは目下小樽区入舟町二番地理髪業佐々木方の下婢なるが、幼少より至つての莫連女(ばくれんもの)。まだ肩上だに取れぬ十四五歳の頃よりして両親の金を盗みては近所界隈の小僧連を繰り廻はし、誰れ彼れの差別なく摘みあらしたる天罰は忽ちお腹に塊が出来、隠す内こそ隠したれど三四ケ月と月日の経つにつれて膨れ上がり、親の手前は言訳なく村の人々にも恥かしく、さりとて殺す事もならずと啻(ただ)ならぬ心配も皆な身から出た錆にて自業自得と断念(あきらめ)るより外なしと。斯る浮気ものなれば嫁などに貰ふものはなく、其後四五年は何事もなく暮したれど行く末まで独身で居る訳もならず、何んとか仕方のありさうなもの一先づ北海道で身を立んものと、両親の止むるも肯かずして当年の三月頃小樽へ乗り込み前記の所へ奉仕したものゝ、持つて生まれた性分は止まず、追々尻の暖まるに従ひ男ほしさに苦心し居る折柄、以前同家の弟子上りにて池田時一(二一)と云ふは本年三月末頃より職人として雇はれたるが、此奴なか/\の酒落もの、殊に東京横浜間を喰荒したるハイカラ職人。一寸垢ぬけし所より終トミエと怪しき仲となり人目を掠めては不義の快楽を貧り居る内、斯とも知るや知らぬや主人佐々木某は何時までトミエを下女さするもならずと諸々方々へ縁付方を依頼し置きしに、さる所より縁談を申込れたれば両人の驚き一方ならず、時一とても月僅か四円の給料なればトミエを連れて世帯を構へることもならず、寧そ黄泉(あのよ)でとは思へどもまさか汽車往生や土左衛門と思ひ切つた度胸も出来ず、浮気はまゝにならぬものと喞ち居る由近所の評判其まゝ。
 
 
(小樽日報 明治四十年十一月八日・第十六号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2005年11月8日公開