奸商博徒に強請らる
 
石川 啄木
 
 
 
 
 小樽稲穂町中央商品館内、名前は一寸預つて置くが○○○○と云ふ小間物商あり。兎角浮世は真面目計りでは金が儲からず、何か一つ濡手で粟の甘い儲け口のないものかと三日三晩思案を廻した果、フト胸に浮んだ一計は、大坂の好商と結諾(けつたく)し其筋の眼に紙を貼りて枕草紙と無税の花骨牌(はなふだ)をシコタマ仕入れ、専ら船員を相手に独りで人の知らぬ廿い汁を吸ふて居たりしが、何時しか此の事当地の博徒大沼の若者にかぎつけられ、例の巻き舌で店頭(みせさき)へ安座をかゝれたので、奴さん青菜の如く真青になり平蜘蛛(ひらくも)の様に訴(あやまつ)て見たが中々聞かばこそ、結局大枚五十円で一先内済となりしはホンの当座の内のみにて、今日此頃はアレ五円ヤレ三円と毎日の如く強請(ゆす)られ、トンダ処へ税金を払つて居るとか。世の中はよく出来たるものでげすと町内の世話焼き爺が灰吹叩いての話しを書くの通り。
 
 
(小樽日報 明治四十年十一月二日・第十一号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2005年11月2日公開