公孫樹
病鳥子
道幅ひろき新墾の
街の端れに突立ちて、
蒼に澄み入る大空の
雲を凌げる雄姿は
さながら猛き衛士の如、
三百年の雨風に
誇りて立てる公孫樹よ、
春さりくれば浅緑
いと和かに芽を吹いて、
小扇形の舞の葉に
風も光りて日は長し、
砂を焼くなる夏の日は
葉月半ばの日盛りに
往さ来るさの旅人の
疲れ忘るる木下影、
その草床に露下りて
吹くや秋風百千葉の
塵を払へば、こはいかに、
たちまちにして態変り、
あたかも昔希臘の
神の戦の先頭に
鉾とりかざし勇みたる
眩き猛者の如くにて
黄金の鎧着て立てる
尊さ何にたとふべき、
やがて吹き来る木枯に
ふためき散るる葉の舞や、
今日神無月末の日に
時雨の痛手ものとせず
一葉のこさぬ真裸の
姿よ、あはれ類ひなき
大梵涅槃寂静の
仏心と忍ばるれ、
公孫樹よ、汝を仰ぎ見て
我は地に伏し言葉なく
その尊とさに涙垂る、
[小樽日報 明治四十年十一月二日・第十一号]
※テキスト/石川啄木全集・第8巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人