恋
啄木
板硝子つめたき窓をうつ雨の
糸仄白く、灯は淡く、夜ぞふけて行け。
病心寝返りうてば、くろずめる
赭土の壁の床の問にああ芍薬の
一輪よ、貴にうつむく。――凄まじき
煙の海の色に似る壁の中より
抜出し白斑の淡紅ぞ仄に燃ゆ。――
寝らえぬ心つぶ立ちて、君をこそ思へ。
凄まじくか黒き海の人の生の
前に立つなる我魂の労れたる目に
ふと浮きし君は芍薬。――吊も知らず
我こそ醒めて夢むなれ。――ああ花萎む。
明日は来め、君も行くらむ、かくてまた
古銅の瓶に何の花咲むとするらむ。
[小樽日報 明治四十年十月三十一日・第九号]
※テキスト/石川啄木全集・第8巻(筑摩書房 昭和54年) 入力/新谷保人