酒代を強請(ゆすつ)てお目玉
 
石川 啄木
 
 
 
 
 稲穂町四十番地長谷川弥一方、平民木挽職島谷幸吉(二九)外二名は揃ひも揃つた阿呆者にて、黙つて大鋸でも挽いて居ればよいのに、何処で習つたか変チキリンな巻舌文句に我から得意になり、四方八方飛び廻つて遊人気取りの酒手強請も一度二度ならざりしが、一昨夜も微酔機嫌の浮れ足、新廓仲の町十五番地相田スエ事貸座敷清明楼の店先に立ちて馬鹿口を敲き有ん限りの冷評を尽したれば、構はず置けば可気になつてツケ上ると妓夫某が息巻き、果は争論の末幸吉が土足の儘にて飛び込みたる騒ぎに、妓夫共大勢集つて戸外に推出し三人を相手に立廻りを初めしが、処が処柄とて通行懸りの野次連が加つて喧嘩が益ゝ花が咲き、遂ゝ巡査さんの出張となり幸吉を保護せむとせしも、却つて暴言を吐き散らして制止に応ぜぬので派出所に引致し取調べたるも、同人の頭部にある微傷さへ自分で付けたのか他に付けられたのか解らぬといふ始末。清明楼へ悪口したるも酒代強請の目的に相違なければ、酔の醒むるを待つて大お目玉を喰はされ、今度だけ許してやるといふ条件づきにて漸ゝ放免になつたとは何処迄も阿呆な奴なり。
 
 
(小樽日報 明治四十年十月二十四日・第三号)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2005年10月24日公開